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上田準二さんの「お悩み相談」。今回は、定年後にマレーシアに移住をしようと考えている大企業に勤める男性から。50歳で再婚し2歳の子どもを抱えながら、海外移住をどのように実現するか悩んでいます。上田さんは、海外移住を成功させる人がいる一方で、相談者自身の語学力と生活力はどこまであるのか、慎重に判断し万全の準備をすることが大切だと話します。

悩み:定年後の人生をどうするか、悩んでいます。50歳で再婚し、2歳の子どもを抱えていますが、定年後はマレーシアに移住しようと考えています。その際、何に気をつけたらいいでしょうか。

 一応、在阪本社のスーパーゼネコンに勤務しています。職種は建築のファシリティーマネジメントという、会社の本業からは離れた仕事をしています。45歳で離婚し50歳で再婚、子どもも授かり今2歳です。41歳のときにハードワークにより鬱(うつ)病になり、現在も治療中です。60歳の定年退職を前に定年後をどうすべきか悩んでいます。

 お金の方はライフプランナーに相談したところ、仕事を辞めても困らない程度にあると言われました。しかし、人生100年時代が現実的になってきたことと、年金も減額傾向にあること、子どもの教育費も想定以上にかかることから、安心はできないと思っています。私自身が極端な冷え性であることから、日本の自宅を賃貸に出し、物価の安いマレーシアに移住しようかと妻と話しあっています。今のところ、定年後も会社の関連会社に移り、週3日のアルバイト勤務で、体を楽に、少額ですが継続して収入のある生活を3年ほど続け、移住に備えようかと思っています。

 これに関し、何か気をつけなければならないことをご教示いただければ幸いです。

(57歳、男性、会社員)

大竹剛(日経ビジネス編集):この方はもう、自分の中でマレーシアに行くと決めているような感じもします。

上田準二:うん、決めているね。僕も商社時代の仲間で、かつてアジアに駐在していた人の中には、定年後に昔駐在していたインドネシアとかマレーシアとかに移住した人がいるよ。奥さんと2人で。だいたい、子どもは大学を卒業して社会人になっている場合が多いけどね。

1946年秋田県生まれ。山形大学を卒業後、70年に伊藤忠商事に入社。畜産部長や関連会社プリマハム取締役を経て、99年に食料部門長補佐兼CVS事業部長に。2000年5月にファミリーマートに移り、2002年に代表取締役社長に就任。2013年に代表取締役会長となり、ユニーグループとの経営統合を主導。2016年9月、新しく設立したユニー・ファミリーマートホールディングス(現ファミリーマート)の代表取締役社長に就任。2017年3月から同社取締役相談役。同年5月に取締役を退任。趣味はマージャン、料理、釣り、ゴルフ、読書など。料理の腕前はプロ顔負け。2019年5月末に相談役を退任。(写真:的野弘路)

 彼らが何で移住したかといったら、住みやすいし、物価が安いから年金で十分生活していける。そういう理由で移住して、失敗したという話は今のところ1人も聞いていないな。2年に1回くらい、ふらっと日本に遊びに来るような感覚で戻ってくることもあるけれどね。

大竹:皆さん結構うまくいっている。

上田:うまくいっている人が多い。ただし、その方々は、本人が元気で英語や現地の言葉も話せる。奥さんも駐在時代に一緒についていって、現地での生活に慣れている場合がほとんどだね。奥さんは言葉ができないケースもあるけど、その場合も旦那は現地の事情に精通しているし言葉も話せる。

 さて、今回は移住する場合に「気をつけなければならないことはあるか」という質問だけど、まず言葉は大丈夫ですかと聞きたいね。ただ、今、あまり話せなくても、定年後も関連会社に週3日のアルバイトで勤務する予定というから、その間に語学の勉強を一生懸命やることもできるでしょうね。問題は2歳のお子さんだね。この子の教育をどうするか。