全3887文字

ギャンブルをやめられなければ、兄であっても忘れよう

上田:兄の人生が、将来、どうなってしまうのか。それを言っても無駄と思うかもしれませんが、兄にはやはり言ってあげなきゃだめよ。それでもなお止めなければ、もうこのお兄さんには自己責任で結果を受けてもらうしかないでしょう。

1946年秋田県生まれ。山形大学を卒業後、70年に伊藤忠商事に入社。畜産部長や関連会社プリマハム取締役を経て、99年に食料部門長補佐兼CVS事業部長に。2000年5月にファミリーマートに移り、2002年に代表取締役社長に就任。2013年に代表取締役会長となり、ユニーグループとの経営統合を主導。2016年9月、新しく設立したユニー・ファミリーマートホールディングスの代表取締役社長に就任。2017年3月から同社取締役相談役。同年5月に取締役を退任。趣味は麻雀、料理、釣り、ゴルフ、読書など。料理の腕前はプロ顔負け。(写真:的野弘路)

 そうなったら妹さん、あなたがどれだけ心配しても、毎日、毎日、どこかに縛り付けて「ギャンブルするな」と言ったって無理な話。すっきり、兄のことは忘れましょう。

 もちろん、兄妹ですから、忘れようにも忘れ切れないでしょう。だけど、あまり兄のことに拘泥していると、あなた自身の人生、生活も暗くなってしまうよ。ここはなんとか、そういう事情を抱えながら忘れる。その態度を貫くことです。お金は絶対に貸しちゃだめだ。

大竹:「抱えながら忘れる」と。

上田:そう。お金を貸しても何の効果も生みません。逆にギャンブルにもっとハマっていくよ。「妹はいつも金を貸してくれる」と思われたら最悪ですよ。

大竹:さっき、ギャンブルで身をつぶした人の事例を話してわからせるしかないと言いましたが、どういう事例がありますか。

上田:いや……。今だから言うけど、実は僕も就職したてのころはパチンコ依存性気味だった(笑)。

大竹:おお、目の前に事例があった(笑)。昔からやっていたんですか、パチンコは。

上田:まあ、学生のときから始めてね。最新の台が出てくるたびに、どんどん楽しくなって、ハマっていったよ。

 今のパチンコはハンドルを握っていると玉がどんどん自動的に打ち出されていくでしょう。僕が始めたころは、玉を1つずつ入れて弾いていくんだよ。知らない?

大竹:知りませんね。私がパチンコを初めて知ったときには、もう今のスタイルでした。

上田:椅子もなく、立ってやっていたんですよ。玉を左手で1個ずついれて、右手でレバーを弾くんだ。僕の右手の指がこんなふうに曲がっちゃったのは、きっとパチンコのせいだね。

 今は電動で高速で玉が打ち出されていくでしょう。当時、今のスタイルのパチンコ台が出てきたときも、そんなに高速ではなかった。それでも、あっという間に結構なお金が飛んでいくわけですよ。

 何回に1回、よく当たりが出る台に巡り合えば元が取れるけど、そうは簡単ではないよね。結局、勝ち負けで考えると割に合わないと思って、これはダメだと思ってやめることにしたよ。このまま続けても生涯、収支が合うことはないと。