症状がなかなか出ないので気づかない

 この臓器のはたらきは2つあります。「膵液(すいえき)」という超強力な消化酵素を作ることと、血糖値をコントロールするインスリンなどのホルモンを作ることです。なんとなく地味そうに聞こえますが、どちらも人間には必須の機能であり、膵臓がなくなったら生存することは非常に難しくなります(膵臓を全て取る手術もあり、生存の可能性がゼロではありません)。

 ところが、ここにがんができても、なかなか症状が出ないのです。これが、発見が遅れる理由です。胃がんであれば食事が取りづらくなったり、大腸がんであれば便に血が混じったり便秘になったりするので、そこまで進行しないでも見つかります。しかし、膵臓は胃や大腸のように食事の通り道になく、これらの症状が出ないので、かなり進行した状態で見つかるのですね。

 当たり前ですが、何か困った症状がなければ病院なんてわざわざ行かないじゃないですか。そして、「膵臓がん検診」というものも2019年現在ではありません。普通の健康診断をやっていても何かの数値が上がるということはまれでしょうから、非常に残念ですが膵臓がんを見つけることはかなり難しいのです。

 では、いろんな症状が出たら病院で膵臓がんと診断することはたやすいのでしょうか。これについても、残念ながらYesとは言いづらい状況です。膵臓がんの医師向けガイドラインにも、次のように記載されています。

 「腹痛、食欲不振、早期の腹満感、黄疸(おうだん)、睡眠障害、体重減少、糖尿病新規発症、背部痛などがあり、初期には、食欲不振、早期の腹満感、軽度の体重減少のような漠然とした症状であることが多い。しかし他の腹部疾患でも同様の症状を呈するため、症状の膵癌特異性は低い(後略)」

 こういった症状が出ただけで、「むむ、これは膵臓がんが怪しい」と考えて膵臓がんの精密検査を勧める医者は少ないでしょう。

手術は最高難易度

 次に、外科の専門家としても膵臓がんの難しさを少し述べてみます。

 八千草薫さんは手記『まあまあふうふう』(主婦と生活社)に「2018年に『すい臓がん』と診断され、6時間を超える大きな手術を受けることになりました」と書いています。恐らくこれは外科医が「PD」と呼ぶ、あの最高難易度の手術を受けたのでしょう。

 PDとは術式名で、英語ではpancreatoduodenectomy、日本語では膵頭十二指腸切除術と言います。私が専門とする消化器外科の中では間違いなく最高難度の手術です。どんなに若くとも、外科医になって5年以内では執刀することはかなわないでしょう。たとえ機会を得たとしても、恐らくうまく執刀するのは難しい。そういう印象を持っています。

 おなかの中でも「上腹部」と「下腹部」の手術の両方の要素が入っているため、かなり熟練にならなければ安全に執刀することはまずできないでしょう。そして、消化器外科医と呼ばれる、我々の中でも「肝胆膵外科医」と言われる外科医だけが執刀をします。

 私は大腸外科医ですので、基本的にこのPDを執刀することはありません。30年前は外科医はここまで細分化していませんでしたが、今は腹腔(ふくくう)鏡手術の普及で手術の難易度が上がったこともあり、各臓器の専門家がいることが多いのです。

致命的になることもある合併症

 話を戻しますが、このPDという手術では、「膵液瘻(すいえきろう)」という恐ろしい合併症があります。PDでは膵臓を切り取るのですが、この切り取った断端から膵液という「最強の消化液」が、腸の中ではなく、腸の外のお腹のフリースペースに出てしまうことがあります。もしこれが起きると、膵液は脂肪やいろいろなものを溶かし、膿をつくってしまいます。その膿が、たまたま手術で切った血管の近くにあると、血管の切り口(もちろん糸で厳重に縛ってあります)に仮性動脈瘤(りゅう)というこぶを作ってしまい、最終的には血管を破綻させます。すると、大出血をし致命的になることがあるのです。

 これは非常に恐ろしい合併症です。私も大腸外科医として膵臓近くの手術(横行結腸がんなど)を執刀することはよくありますが、膵臓を見ると「おお危ない、膵臓、膵臓」と言ってなるべく近くを切らないようにするほどです。

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