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科捜研研究員の不可解な行動

 そして、この2点目の「検査自体の信頼性への疑義(捏造や間違いなど)」が本件の最大のポイントだと私は感じました。

 心から衝撃を受けたのがこれです。

 「H研究員(筆者注:科学捜査研究所に所属する法医研究員)は本件ワークシートに鉛筆で書き込みを行い、また、その内容を修正するときは、抹消線を引くなどするのではなく、消しゴムで消して書き直していた」(3m.comの「検査者としての科捜研研究員の誠実性-乳腺外科医裁判判決文の詳報◆Vol.6 2019年2月20日東京地裁無罪判決」より。なお記事を読むには会員登録が必要です)

 鉛筆!消しゴム!ええと、一人の人間の犯罪があったかどうかを左右する極めて重要で「科学的」な検査ですよね……。そして更に驚きなのは、「本件ワークシートには消しゴムで消して上書きした痕が7か所、消しゴムで何らかの記載を消した痕が2か所ある」(同じ記事)という点。消しゴムで消して上書きしたり、消したりした場所がこんなにあったとは。

 さらに追い打ちをかけたのは、「H研究員は、鉛筆を使ってはならないというのが普通のルールであるかは分からないなどと証言している」(同)ということ。呆(あき)れた口が塞がりません。もちろんこれらの点については判決でも「科学者としての実験の経過の記録方法としてふさわしくないのみならず、鑑定嘱託を受けた者としての刑事裁判に向けた鑑定書作成の基礎資料の作成方法としてもふさわしくないといえる」(同)と断じています。

科学が聞いて呆れる

 それでですね、悲しいことにさらにあるのです、衝撃の事実。この研究員は、「本件抽出液の残余を廃棄」(同)してしまったのです。ああ、もう二度と再現することができません。しかも捨てたタイミングは最初の方で「いやあ、後になってこんな重要なものになるとは」という言い訳ができるタイミングではなく、「本件DNA定量検査の結果が重要性を持つことを知らされた後である同年12月頃になって」(同)廃棄したのだそうです。

 ここまで来ると、廃棄という行為に何か意図があったのではと考えたくなります。 

 はっきり言いますが、これでよく「科学捜査研究所」と言えたものです。科学とは、実証性・客観性・再現性をいしずえとする学問。実証性はまだしも、消しゴムで消し、上書きして客観性を失い、抽出液の廃棄をして再現性を失うこれらの行為をしている科捜研は、科学という看板を降ろしましょう。これで科学が聞いて呆れますね。こんなことを当然のようにやっているのだとしたら、科学捜査自体の信頼が大きく揺らぐものになるでしょう。

 判決では、やはり「検査者としてのH研究員の誠実さに疑念がある」とされています。

 結果として、本件は無罪が言い渡されました。しかし今月になり、検察側は控訴しています。さらに争われることになりそうです。

被害女性の心の傷は癒えない

 医療界では、ひとまず無罪判決に胸をなでおろした反応が多く見られました。私もその一人ですが、そうなるといよいよ救われないのがこの被害女性とされる患者さんです。

 ご本人は被害があったと心から信じ傷ついています。もし幻覚だとしたら、ご本人は幻とはいえその被害を受けた感覚や記憶を持っているのです。しかし、判決で「そういう行為はなかった」と認定されてしまった。この方を救う方法はどこにも見当たりません。

 ただ、被告外科医と患者さんが深く傷ついた。本件の結果はそうなったのです。検察は控訴しているのでまだ終わったわけではありません。引き続き、注視していきたいと思います。