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医療の世界に求められる「ガラス張り」の客観性

 そして、筆者が医療の専門家でない場合もしばしばあります。これは健康本や美容本に非常に多くありますね。もちろん書いて悪いことはないのですが、残念ながら「かなり」怪しいものが多い印象です。一個人の体験や、科学的に妥当でない数十人の研究結果だけから結論を導いているものがほとんどです。こういったものは、「100%誤りである」と言い切ることはできませんが、「信頼性は非常に低い」と言わざるを得ません。「ある人に効いた、だからみんなに効く」という論理は飛躍がありすぎるからです。

 医療の専門家たちの世界では、「ある薬が効いたかどうか」をこんな風に判定しています。そっくりな200人を集めてきて、この薬を使う100人と使わない100人をランダムに選ぶ。研究者はそこに関与しない。結果は、どの人が薬を使ったか分からない人が判定する。そして200人も、薬とそっくりな偽物の薬を渡されるので、自分が渡された物が薬なのか偽物なのか分からないまま飲む。

 ごく簡単に言った今の方法は、「二重盲検化ランダム化比較試験」と呼ばれ、医学の世界で何かの効果を検証するために行われる、現在、世界でスタンダードになっている方法です。これは、「いかにズルをしないで、研究者の主観が入らない状態で真実を見ることができるか」、そして「論文を読んだだけで、他の人が同じ研究をできるか」に主眼が置かれています。そして、最近の15年ほどは、こういった研究の方法を研究開始前に全世界に公表しておき、途中で方法を変えたり、「結果がイマイチだったから公表しないよ」と言い出したりしないように防ぐことが、かなり一般的になってきました。ちなみに後者(結果がイマイチだったからと偏ったデータのみ公表したり公表しなかったりすること )を報告バイアスといい、未だ問題は残っています。

 こんなガラス張りの中で研究をします。そしてこういう研究の結果がいくつも積み重なったところで、全部をひっくるめて検討(システマティック・レビューと言います)して本当に効果があるかどうかを考えているのです。いかに厳しい客観性の中で調べているかがお分かりいただけたでしょうか。

トンデモ本は「売れる」から生まれる

 そして第二に、「出版社は信頼性の低い健康本に出版OKを出すのか?」について考えます。

 本を出す時は普通、出版社の編集者が企画を考え、筆者に提案して執筆すると了承をもらい、会社の会議にかけて通れば後は編集者と筆者の2人で本を作ります(共著者がいる場合など、例外も一部あります)。

 健康本や医療本に限らず、あらゆる専門性のある本では、編集者と筆者の2人の頭脳がこの本の天井になります。正しさも、美しさも、すべてです。つまり本作りにはここで密室性があるのです。私はこれを不思議に思っていたので、昨年、出版した「医者の本音」を書く過程では、約180人のブレインの方に原稿を見てもらい意見をうかがいつつ作りました。完全なオープンではありませんが、180人いれば客観性や独善性、そして明らかな誤りは排除できると考え、実際達成できたと思います。

 本は、編集者と筆者の2人が作り上げたあと、「校閲」に入ります。校閲のプロが、内容の妥当性などについてきっちり調べ上げるのです。しかし、ここでも校閲は医療の専門家ではありませんから、残念ながらトンデモ情報やパッと見分かりづらい論理飛躍はここでもスルーされてしまいます。そうして、出版まで行き着くのです。この流れから考えると、本は誤りが修正されにくいシステムだと言えるでしょう。まあ、増版のタイミングで修正はされることはありますが。これは、実際に私が本を書いていても実感したことです。

 ここまで色々な理由を述べましたが、怪しい本が出続ける最も重要な理由は、「過激なタイトルの健康本がよく売れるから」に他なりません。売れるから編集者は企画し、筆者が書くのです。内容が多少怪しくても、表現の自由を盾に誰も訴訟を起こすなどしないのですね。

 ですから、医療情報学やヘルスリテラシーの専門家あたりが「出版された本をいちいち精査し、誤りを突っ込む。ひどい本は訴える」などのことをして欲しいと思います。公的機関がやっても良いのですが、厚生労働省は……どうなのでしょうか 。

 ということで、残念ながら健康トンデモ本はおそらくなくならないでしょう。皆様一人ひとりが注意をし、正しさに目を凝らす必要があるということです。そのコツとポイントについて、いつか本ゼミナールでご紹介することにいたしましょう。

 それではまた次回、お会いしましょう。