2021年12月のトヨタ自動車によるEV(電気自動車)戦略の発表に続き、年明け早々のソニーグループのEVへの参入検討の発表など、まさにメディアはEVブームを連日伝えている。自動車産業において「電動化+自動運転」で100年に一度の大変革が起きつつあることを象徴する動きだ。その死命を制するのが付加価値を生むスマイルカーブの川上と川下で、それぞれ電池とソフトウエアがカギを握る。とりわけ電池は大国が激しい争奪戦を繰り広げており、経済安全保障にも関わる戦略産業となっているので取り上げよう。もう一つのカギであるソフトウエアについては、別の機会に見ることとしたい。

トヨタの“EVシフト”はPR戦略

 トヨタは昨年12月、30年までに4兆円を投資して、30年にはグローバルで年間350万台のEVを販売する目標を発表した。これを受けて、多くのメディアで一斉に「EVシフトに本気度を示した」と報じられた。これまで市場から「トヨタはEVに後ろ向き」と厳しい評価が下されていたのを一変させた。

EV戦略の説明会で登壇したトヨタ自動車の豊田章男社長(写真:ロイター/アフロ)
EV戦略の説明会で登壇したトヨタ自動車の豊田章男社長(写真:ロイター/アフロ)

 私は発表直後の経済番組で、「トヨタが全方位の基本スタンスを変えたわけではなく、外部の市場、メディアからの評価を変えさせることが狙いで、それは成功した」とコメントした。トヨタはあくまで横綱相撲で、四つに組むだけでなく、突き押しもできることをアピールするのが目的だ(ちなみに、ソニーの発表は自動運転時代に有効な得意技で、今後他社との合従連衡で主導権を発揮するために「この指とまれの旗を立てられることを示す」のが目的だろう。さすがにトヨタもソニーも目的が明確な対外発表をしている)。

 EV一辺倒の単純なモノサシだけで、“遅れ”と評価する風潮には大いに問題があるからだ。例えば、各国の電力事情はまるで違う。再生可能エネルギーが豊富な欧州などの“EV適合国”ばかりではない。電力不足で化石燃料に依存せざるを得ない途上国にはEVは明らかに不適合だ。バイデン政権になって方針が大きく転換した米国も、将来政権交代すればどうなるかわからない。

 そうした多様な市場に応じて柔軟に対応する方針をトヨタは変えたわけではない。確かに年間350万台というのは大きな数字だ。しかしそれでもトヨタの全販売台数の約3割だ。

 「EV投資に4兆円」の見出しが躍るが、同時にプラグインハイブリッド車(PHV)や燃料電池車など他の電動車にも4兆円の投資を振り向ける。EVへの4兆円投資は今後9年間の合計なので、年間約4400億円はトヨタの年間投資額(設備投資と研究開発投資の合計)の約2.4兆円のごく一部だ。こうした全体像の中で相対化して冷静に見る必要があるだろう。

 むしろ注目すべきはEV向け投資の半分の2兆円は中核部品である電池の設備投資と開発投資に振り向けられていることだ。自動車メーカーの電動化戦略を大きく左右するのが、電池をいかに安く安定的に確保できるかだ。車載用の電池の世界市場は30年までに4.5倍に拡大する見込みだ。トヨタは豊田通商を通じてバッテリー用のリチウムをアルゼンチンなどから確保しているからこそEV年間350万台を打ち出せたのだ。

 21年10月には3800億円を投じて米国に初めて電池工場を建設すると発表した。他方で、世界最大のEV市場である中国市場を攻めるためには、中国の電池メーカーの寧徳時代新能源科技(CATL)や比亜迪(BYD)と連携する。今後、「地産地消」を基本として、地域ごとに電池生産をどこで(国内、海外)、誰と(外部、自社)行うかの「使い分け戦略」が明らかになってこよう。これが実は経済安保の観点で重要なポイントになる。

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