船出した岸田文雄新政権の目玉政策として経済安全保障に焦点が当たっている。この問題を自民党の座長としてけん引してきた甘利明幹事長が政権を中枢で支える。米中対立が激化する中で、経済安全保障はグローバルに大きなうねりになっており、出遅れは国の存立にかかわるので当然だろう。

かつて、商人は「安全保障」を名乗るべからず
歴史的に見て、今は大きな時代の転換点だ。古くは2度にわたる石油危機を経験して「エネルギー安全保障」や低い食料自給率への危機感から「食糧安全保障」が語られた。そして軍事転用可能な技術の流出阻止といった政策も今に始まったわけではない。輸出管理は1987年の東芝機械ココム事件で大きくクローズアップされ、本格的に体制強化が始まった。
そして冷戦終結後の約30年前、一つの象徴的な出来事があった。当時の通商産業省では経済官庁としては初めて「安全保障」の名前を冠した部署を正式に設けることとなった。私自身これに携わり、その初代課長に就いた。実はその経験からは隔世の感があるのだ。
「安全保障は外務省、防衛庁(当時)の専管事項だ。経済官庁の部署に『安全保障』の名称を付けることはまかりならぬ」
こう外務省の猛反対にあって相当の難産だったが、やっと霞が関で“嫡出子”として認知された。あたかも江戸時代の士農工商のように、「安全保障」を名乗れるのは武士だけで、「商人は名乗るべからず」との意識が強烈にこびりついていた。
それから30年の実績を積み重ねてきた今日、米中対立でハイテクを巡る安全保障環境は激変した。さらに新型コロナ禍で戦略物資の供給網ももろさを露呈した。今や経済安全保障が看板政策にまでなって、担当相も新設される時代になった。
技術を「育てる」「守る」は急げ
今後見直しされる予定の国家安全保障戦略の中では経済安全保障も初めて加えられ、認知されていくようだ。そして「経済安全保障戦略」を策定するという。しかしそれらが決まってから動き出す余裕はない。米中対立の厳しい安全保障環境は待ったなしだ。
自民党の新国際秩序創造戦略本部で議論を重ねて、5月に取りまとめられた提言は広く論点をカバーした力作で、こうした類の提言としては正直読み応えがある。これらのメニューを即実行に移すことは重要だ。
とりわけ国際的な動きが激しい、技術を「育てる」「守る」政策は急ぐべきだ。
半導体については台湾の台湾積体電路製造(TSMC)が日本に生産工場を建設することを発表し、具体化が着々と進んでいる。それに対して大規模な基金を作って国際的に見てもそん色ない政府補助をしようとしている。ワクチンの国内生産拠点を確保するための支援策、半導体など先端技術を育成するための1000億円規模の基金の創設など重要政策は目白押しだ。これらは総選挙後の大型補正予算で対応を急ぐべきだろう。
技術の流出を阻止するために、輸出管理についても新たな国際的な枠組みづくりが進行している。日米欧が中国を念頭において、半導体、人工知能(AI)、量子などの分野で、価値観を共有する少数国による輸出管理の新たな枠組みを目指して水面下で動いているのだ。
ここではそうした各論に立ち入ることは避けて、そこでは触れられていない大事なポイントに注文を付けていきたい。
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