ハードルは高いが、“抜け穴”も

 ではこうした中国の動きにどう対応すべきか。まず大多数の意見はこうだ。「中国の行動を変容させるのであれば歓迎すべきだが、まずは、中国がどこまでTPPが要求する高い水準でルールを守る覚悟、用意があるかを見極めるべきだ」。日本の閣僚によるコメントもおおよそこのラインだろう。

 「見極めるべきだ」というのはその通りだが、結論は明らかだ。統治体制維持のために経済や企業活動への統制を強める動きが近年とみに顕著な習体制が、それに逆行する改革に応じるはずがない。しかしだからといって、「中国の加盟申請は政治的ポーズにすぎない」と楽観視すべきではない。申請が現実となった場合の対応をこれまでどこまで真剣に検討していただろうか。思考停止になっているのも問題だ。

 中国はTPPの高いハードルを越えられず、加盟が認められる可能性はほぼないと高をくくるのは危険だ。確かにTPPは貿易投資を高い水準で自由化するルールを定めており、中国にとって受け入れがたいのは“一応”事実だ。

 具体的に見てみよう。第1に国有企業に対して補助金などで優遇することを禁じている。習政権は「国進民退」の号令のもと、国有企業への優遇をむしろ強化している。

 第2にデータ流通の透明性・公平性を強化して、例えば、RCEPに規定されていない「ソースコードの開示要求の禁止」も盛り込まれている。これは中国に是正を迫ることを念頭に置いたものだ。中国は9月からデータ安全法を施行するなどデータの統制をむしろ強化している。

 そして第3に、政府調達でも内外企業の差別を原則認めない。ところが中国は安全保障を理由に医療機器など広範な品目を内製化するために、政府調達で外資を排除する動きを強化している(関連記事:半導体に素材、EV部品……中国・国産化の標的は日本企業か?)。

 確かにTPPの条文上のルールは“一応”厳しく規定されている。この“一応”と言っているところがミソだ。中国は“抜け穴”で乗り切れると考えているようだ。

 一つは“安全保障”を理由にした例外だ。これはRCEPでも甘く規定されている。中国における“安全保障”の概念は殊の外広く、極端に言えば、何でも「国家の安全」に引っ掛けている。もう一つが、各加盟国との交渉において、さまざまな除外リストとサイドレターで例外を個別に認めさせることだ。TPPでも途上国の加盟国を中心にいくつかそうした例外が認められているのが実態だ。例えば、国有企業については途上国に配慮して、個別の企業リストで適用が除外されている。また政府調達についても対象企業の交渉で抜け穴になる可能性もある。

 要するに、交渉次第でハードルを下げさせる“抜け穴”もないわけではないのだ。中国はこうした実態を詳細に研究して、今後交渉で圧力をかけて各個撃破すれば何とかなると考えているふしがある。多くの論者、メディアは条文だけを見て、「ハードルが高いから中国の加盟は無理」と表面的に論じて終わらせているが、これは危険だ。

米国や他の加盟国はどう出る?

 日本としては、対中けん制のうえでも米国のTPP復帰に期待をつなぎ、中国のTPP加盟申請まで何とか時間稼ぎしたかっただろう。昨年11月に習主席がTPPへの加盟を積極的に検討すると表明した際、これが米国への「wake-up call」になるかがポイントだと前出の拙稿でも指摘した。仮に中国が加盟すると、中国にブロックされて、米国がアジア経済圏から排除されることは避けられない。これは米国の伝統的外交にとって悪夢で、米国としては、中国より先に加盟することが決定的に重要だからだ。

 しかしその淡い期待も裏切られた。その後の米国の国内政治は反自由貿易、保護主義を強めており、TPPに復帰ができる状況にはない。TPPなどの自由貿易が米国の雇用を奪っているとのレッテル貼りの主張は、米国の中西部を中心に根強い。バイデン政権は今のTPPは不十分だとして、雇用維持のために環境、労働といった条件を上乗せした要求をする構えを崩していない。来年の中間選挙を控えて、この姿勢は変わりそうもない。TPP復帰の見込みは残念ながらないだろう。

 中国のTPP加盟について、加盟国の対応はさまざまだろう。オーストラリアは中国との厳しい経済対立から否定的だろう。メキシコ、カナダも米国との関係があり、消極的だろう。ベトナムも基本的には中国への警戒は強い。しかしその他の加盟国、例えばシンガポールやニュージーランドなどは中国のTPP加盟に厳しい姿勢でのぞむわけではない。

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