3月12日に発表された楽天と日本郵政、テンセントの資本業務提携に動きがあった。25⽇、楽天は中国ネット⼤⼿の騰訊控股(テンセント)⼦会社からの657億円の出資に ついて、急遽これまでの発表を一部変更すると発表した。「外国為替及び外国貿易法に基づく手続の関係により、割当予定先とは異なる日に行われる可能性がある」との内容だ。テンセントからの払込日は29日を予定していたが、延びる可能性がある。これにはどういう意味が込められているのか。
本連載でこれまで「楽天への日本郵政・テンセントの出資に浮かび上がる深刻な懸念」、「楽天・日本郵政の提携を揺さぶる『テンセント・リスク』の怖さ」と2回にわたり指摘した通り、楽天の「テンセント・リスク」は日本政府にまで飛び火しつつある。
3月12日、日本郵政との資本業務提携を発表した楽天の三木谷浩史会長兼社長
テンセントからの出資、振込日の直前になって、急遽それが延びる可能性を楽天が発表しました。異例の展開ですが、どういう背景でしょうか。
細川昌彦・明星大学経営学部教授(以下、細川):楽天が当初予定していなかった想定外の事態が起こったということだ。外為法について、初めて楽天が言及した。当初からわかっていれば、本来、出資を受ける発表の時点で、この提携事業でのリスク事項として開示する義務がある。
外為法は、外国企業が国防や通信などの一定業種において、国内企業の株式を1%以上取得するときには事前の届け出が必要というもの。ただ、テンセントは国有企業ではなく”民間企業”なので、一定の条件を満たせば、届け出義務が免除される規定がある。
楽天もテンセントも、届け出は必要ないと理解していたのだろう。私も、その理解は正しいと思う。
なぜ今になって出てきたのでしょう。
細川:おそらく、免除されるものであっても、自主的に出してほしいという要請が規制当局からあったのではないか。「外為法に基づく手続きがなされる可能性がある」と楽天は公表している。これは、水面下で規制当局とやり取りがあることを明確に示している。届け出を出す可能性もある。だが、それは急にはできず時間がかかる。また、規制当局も条件の縛りを付けてくるだろう。当初予定していた29日の振込期限には間に合わない可能性が高いということだ。
当局が動いたのはなぜでしょう。
細川:やはり出資元がテンセントというのが大きい。同社は米国政府がアリババ集団とともに米国民からの投資禁止を検討した企業だ。メッセージアプリの微信(ウィーチャット)などを通じて、米国内のユーザーデータが中国政府に流出する可能性を懸念して、使用禁止の大統領令まで出している。トランプ政権の手法はともかく、こうした懸念はバイデン政権でも払拭されていない。米政権に個人情報の扱いで懸念あり、と名指しされた企業が、通信や金融など個人情報やデータを握る楽天に出資する。ここを問題視したのではないだろうか。
しかも日米の法律では、規制当局の間で情報交換する規定もあることから、この件も当然ワシントンとも既に連絡を取り合っているだろう。事前届け出がなければ規制当局は詳細な内容も把握できず、米国に情報提供することもできない。日本の規制は甘いと、米国から批判されないようにしたいだろう。
楽天の米国事業への影響は
今後、規制当局はどう対応するとみていますか。
細川:実は外為法の制度の下では、規制に限界がある。テンセントが金を払い込んでしまったら止められない。唯一やれることは条件を付けること。例えば、「楽天が持つ個人情報にアクセスしない」といった条件を付ける。ただ、条件を付けても、それがきちんと履行されているかのチェックはできない。
一方、米国はインテリジェンス(諜報)機能があるので、調べることができる点は前稿で説明した通りだ。問題が発覚すれば、取引の事後であってもさかのぼって取引を無効にできる強力な権限を持つ。楽天は米国でも事業展開をしているため、こうした規制の対象になる。
そうなると、楽天の米国事業への影響も出てきかねません。
細川:むしろ楽天にとっては、日本の規制よりもその方が深刻だろう。これまで楽天は米国では一応信頼できるプレーヤーとして、5G絡みのプロジェクトにも参画できていた。今後、楽天は米国との関係で大変なリスクをいつまでも背負うことになってしまった。米国の怖さを考えて、虎の尾を踏まないようにしなければいけない。ただ、テンセントの出資を受け入れるに当たって、こうした米国事業に伴うリスクを楽天がどこまで理解していたかはわからない。
「テンセントからは出資を受けるだけ」はあり得ない
そういう懸念に対して、楽天はどのように説明しているのでしょうか。
細川:楽天は日米の当局や関係者に対して、「テンセントからは出資を受けるだけ」と説明しているようだ。だが、投資会社ではないテンセントが、事業での協業などの見返りもなく純投資だけで657億円も払うわけがない。事実、3月12日の会見では、テンセントとの協業についてEコマースなどの提携を例に挙げて、「4月以降に協議する」と楽天の三木谷浩史会長兼社長は前向きに語っていた。そしてテンセント側もそうした事業提携を追求するとコメントしている。テンセントによる影響を問題視されて、「テンセントは出資だけ」という説明をするのは極めて不自然で、二枚舌と言われても仕方がない。特にテンセントの場合、これまでも少額の出資でも自らの広範な事業の力をバックに出資先企業に影響力を行使するケースはたくさん指摘されているのだから。
日本郵政の保有データの扱いどうなる
日本郵政にとってはどうでしょうか。株式価値の希薄化もあるので、テンセントの出資について知らかったとは考えにくいですね。
細川:当然、楽天から説明は受けているだろう。ではなぜ1500億円も出資するのか。単純に、テンセントが出資するという事実だけは知っていても、それが抱えるリスクまで考えが及ばなかったということだろう。米国がテンセントに対する懸念からどう動いているかという「テンセント・リスク」に対する安全保障の感度が鈍い、と批判されても仕方がない。
日本郵政による出資の払込期限は3月29日と迫っています。
細川:今後、米国の規制当局がどう対応するか、楽天の米国事業にどのような影響出てくるか、などリスクがある。これが顕在化した場合、経営判断の是非が厳しく問われることまで飛び火しかねない。深刻な「テンセント・リスク」が判明した今、政府が過半を出資する会社(56.87%を政府・⾃治体が保有)として、どう対応するのかも注目される。単なる事業提携とは意味が違うからだ。
日本郵政には膨大な個人情報・データがありますが、その点についてはどうでしょうか。
細川:その点も極めて重要だ。日本郵政と楽天の提携は、物流を中心に金融にも広がる可能性がある。楽天からデジタル人材を受け入れて「楽天社員から学びたい」と日本郵政の増田寛也社長が記者会見で話している。同社が持つ個人のデータを楽天と共有したり、分析したりする可能性をどう考えているのか、明確に説明する必要があるだろう。楽天とテンセントの提携内容によって、日本郵政が保有するデータにリスクが及ぶことがあってはならない。
LINE問題で情報流出への関心高まる
LINEのデータ管理問題もありました。グローバル企業の在り方など、今後の展開をどう見ますか。
細川:LINEの件で、個人情報の海外流出についての国民の関心が、目覚める効果はあった。特に中国については2017年に国家情報法が制定されて、企業も共産党政権の求めに応じて、情報提供など協力する義務があることに、経営者自身が無頓着であったことは驚きだ。情報・データに関わる中国ビジネスに対する姿勢の在り方が問われている。今回のテンセントの出資も「画期的な提携だ」と、持てはやしているだけではいけない。
4⽉には⽶国で⽇⽶⾸脳会談も予定されています。
細川:通常、⾸脳会談では個別案件は取り上げない。ただ、菅内閣の中国との向き合い⽅のリトマス試験紙になりかねない。外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)において、中国を名指しで批判する共 同声明を出している。これは「⽇本もきちんと腰を据えて中国に向き合うべきだ」という、⽶国から菅政権に対する暗黙のメッセージでもある。楽天だけでなく、⽇本郵政、 そして⽇本政府の対処の仕⽅を⽶国は注視するだろう。「テンセント・リスク」は楽天だけの問題ではなく、⽇本郵政や⽇本政府にまで波及する問題だ。
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