バイデン米大統領は重要部材の供給網見直しを求める大統領令に署名した(写真:AFP/アフロ)
バイデン米大統領は2月24日、重要部材の供給網(サプライチェーン)の問題点を検証するよう求める大統領令に署名した。半導体、レアアース(希土類)、大容量電池、医薬品が重点4品目だ。バイデン氏は「これら4品目は米国の競争力の維持・強化に必要不可欠で、米国の国益や価値観を共有しない外国に依存できない」と強調した。むろん中国を念頭においてのことだ。果たしてバイデン政権も前政権と同様に中国に厳しく臨むのだろうか。
報道に見る、いくつかの誤解を解いておこう。
ステーキは出てくるのか?
まず、「行動」を見なければ、本気度は分からないということだ。
この重点4分野は米国議会の関心分野だ。直前に超党派の議員たちとの会談を経て大統領令に署名されたことが、これが議会対策であることを物語っている。内容も100日以内に検証結果をまとめることになっているが、半導体やレアアースなど、後で述べるように、既に対策が動き出しており、今更の感がある。対中強硬の議会に対して「やってる感」を出す、単なるアリバイ作りのようだ。
大統領令1本で判断せず、本当に意味のある行動がこの後、出てくるのか見極める必要があるだろう。
(関連記事:強硬は言葉だけ? 米中首脳電話協議でよぎるバイデン政権への不安)
「ジュージューと焼く音はするが、一向にステーキは出てこない」
かつてベテラン記者にこう批判されたとバイデン氏自身、回顧録で吐露している。
大統領令の内容についても、誤解があるようだ。方向性は何ら目新しい政策ではない。
メディアでは「トランプ前政権が対中デカップリング(分断)を始めたが、バイデン政権は重点分野に特化して、信用できる同盟国と一緒に進めていくことが違う」とのコメントも見られる。しかしこれは明らかに誤解だ。
トランプ政権でも全面的な米中デカップリングを志向してはいない。当時からワシントンでは「部分的分離」との言葉で語られ、通信、半導体など安全保障上の重点分野に焦点を当てていた。半導体分野での一連の制裁や通信など有志国による信頼できる供給網のネットワーク構築「クリーンネットワーク計画」がそれだ。そういう意味では、今回の供給網の見直しは、トランプ政権の路線自体と変わらない。問題はトランプ政権のように荒っぽくても「行動」を伴うかどうかだ。
半導体は「中国のアキレス腱(けん)」
今回の供給網の見直しを日本のメディアは一斉に「狙いは脱中国」と報道している。見出しとしてはいいが、この4品目を十把一からげに同じように論じるのは正しくない。
半導体については、「脱中国」を目指しているわけではない。今、半導体は世界的に供給不足が起きて、自動車産業の生産に深刻な影響が出ている。メディアはこれを今回の供給網の見直しに結び付けているが、これは明らかに的外れだ。今起こっているのは世界的な需給問題であって、供給網の中国依存とは無関係である。
そもそも半導体は中国依存になってはいない。むしろ構図は正反対で、中国にとっては半導体の低い自給率(15%強)がアキレス腱(けん)となっている。そこで「中国製造2025」においても自給率を70%に高めようと躍起になっている。中国は米国による輸出規制という苦い経験から、迂回調達や米国技術に頼らない生産体制を模索するなど、「米国依存」を脱却しようと急いでいるのだ。
それを無理やり「米国が中国に依存している」とのストーリーに仕立てるために、半導体の生産能力のシェアが今後急速に伸びて「中国が30年には世界最大になる可能性がある」とのグラフまで付けている。危機感を持つのはいいが、これでは本質外しの印象操作になってしまう。
こうした論調は、中国企業の半導体メーカーの技術レベルが台湾、韓国に比べ劣後していること、米国の設計技術、日本、欧州、米国の製造装置、部材がないと作れないことなどお構いなしだ。トランプ政権による輸出規制で、中国の半導体受託生産(ファウンドリー)最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)の生産が打撃を受けていることを見れば、むしろ中国自身の供給網が脆弱であることは明らかだ。
これに対して、米国は同盟国を自陣営に囲い込んで、中国をけん制すべく供給網を強化しようとしている。台湾の半導体受託製造の最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の工場をアリゾナ州に誘致したのもその一環だ。
さらに、米国議会も半導体を対中政策の中核に位置付けて、2021年度の国防権限法で、信頼できる半導体供給網の開発・構築のための多国間の基金を設立する。日本も台湾のTSMCを日本に誘致して日本の強みである製造装置メーカー、部材メーカーとの共同開発プロジェクトをスタートしようとしている。
こうして半導体分野では既に日米台による供給網強化を目指した手が着々と打たれつつある。
レアアースで反撃狙う中国
一方、レアアースでは半導体の場合と攻守が逆転する。半導体というアキレス腱(けん)を持った中国が反撃を狙うのが、世界生産の6割超を占めるレアアースの分野だ。
昨年10月、党の機関誌「求是」に掲載された習近平(シー・ジンピン)国家主席の講話がそれを示している。
「国際的な産業チェーンで中国との依存関係を強めさせ、外部からの(人為的な)産業チェーンの断絶に対して、強力な反撃力と威嚇力を構築する」
そのための手段として昨年12月に施行された輸出管理法を使う構えを見せて脅している。
(関連記事:中国は切り札「レアアース」を出すか? 輸出管理を巡る誤解を解く)
さらにレアアースの供給網全体の統制を強化する「レアアース管理条例」を制定しようとしている。
米国もレアアースは軍事用途に直結するだけに、中国の脅しに手をこまぬいてはいない。以前から中国に依存しない供給網を構築しようと、例えば、オーストラリア企業は米国防総省の資金援助を得て、米国に工場を建設する。日本もレアアースから高性能磁石を生産する技術で、供給網の重要プレーヤーの一翼を担っている。
日本に必要なのは技術の開発だけではなく、技術の流出を阻止することだ。
かつて高性能磁石で強みを発揮していた日本企業も、中国への工場進出の結果、技術流出が起こり、今では中国メーカーの後じんを拝する始末だ。中国はレアアースの供給網を、まず上流のレアアースの鉱石から製錬する技術を押さえ、そして高性能磁石の生産に、さらに今後は駆動用モーターへと、次第に下流を押さえにかかっている。日本企業が手掛ける駆動用モーターが、高性能磁石の二の舞いになってはいけない。
電池、医薬品も経済安全保障の俎上(そじょう)に
電池についても電気自動車(EV)の基幹部品であるリチウムイオン電池は約80%が中国で生産されている。危機感を持って脱中国で先行しているのは欧州だ。その内容は前稿「電池を中国に頼る危うさ、『グリーン』を巡る覇権争いで日本は?」を参照していただきたい。
日米も出遅れていてはいけない。
脱炭素を掲げ、EVの普及を急ぐバイデン政権だが、EVのコストの中で大きな比重を占める基幹デバイスの電池を、寧徳時代新能源科技(CATL)などの中国企業の安価な製品に依存することになってしまう。中国も米国の雇用への貢献をちらつかせて、米国での工場建設というカードを切って揺さぶってくるかもしれない。
そこで有力電池メーカー、パナソニックを抱える日本としては、現状は価格競争力で中国に劣後しても、将来の日米連携を模索すべきだろう。日本も2兆円の基金で全固体電池など次世代の電池開発を支援しようとしている。こうした技術開発をバイデン政権にアピールして、脱炭素を日米協力の柱にすべきだ。そして同時にルール作りでの欧州との連携も欠かせない。
医薬品についても中国はあからさまに米国に対して恫喝(どうかつ)している。昨年3月、中国国営・新華社は社説で「中国は医薬品を輸出規制することができる。そうすると米国は新型コロナの大海に沈むだろう」と書いている(関連記事:半導体、アビガン……新型コロナ経済対策の裏で安全保障の米中激突)。これは米国に対してだけでなく、日本も含めて世界に対しての恫喝だ。
世界の医薬品の原料は安価な中国に依存している。特にペニシリンなどの重要な抗菌薬の原料もそうだ。新型コロナがきっかけになって、これまでのコスト一辺倒への反省がなされ、経済安全保障の問題として早急に取り組むべきだ。日本は足元の新型コロナ対策に忙殺されて余裕がないようだが、こうした根本問題に官邸はもっと主導権を発揮しなければならない。
米国が100日かけて供給網を一から検証するのもいいが、こうした同盟国との連携した動きは、既に始まっている。必要なのは「脱中国」の掛け声ではなく、具体的な行動だ。日本も半導体や電池のように動き出しているものもあるが、医薬品などはお寒い状況だ。官邸主導で供給網強化にもっと本腰を入れるきっかけにすべきだろう。
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