「もともと、米国という巨大市場があるからこそ当初TPPに参加した。しかしそのためにTPP交渉ではさまざまな米国の要求に譲歩させられた。トランプ政権が身勝手にも脱退した結果、譲歩させられた項目の一部は凍結になってホッとしたところだ。それが前提で国内手続きも何とか切り抜けた。今更、米国が戻ったからといって、凍結項目も含めて、さらに厳しい内容の協定を国内で説得し直すのは勘弁してほしい。それならむしろ何も厳しい要求をしてこない中国の参加の方がありがたい」

 米国が国内政治を優先して交渉に臨めば、他の加盟国の反発を招き、交渉が暗礁に乗り上げる可能性が高い。それで喜ぶのは中国であることを忘れてはならない。バイデン次期政権が中国の攻勢に目覚めて軌道修正したとしても、国内世論と加盟国の合意を両立させられるか、その手腕が問われる。

日本は米中にどう向き合うべきか

 TPP11をまとめた日本としては当然、米国の復帰を最優先すべきだが、こうした他の加盟国の状況を冷静に判断することが大事だ。安易に日本と同じ考えだと思ってはいけない。そしてバイデン次期政権が読み違えないよう、政権移行チームと水面下で既に綿密にコミュニケーションしていなければいけない。私が政権移行期に対米折衝をした経験から言うと、方針決定する前でなければ手遅れだ。

 一方、前稿でも指摘したように、TPPが要求する国有企業改革に中国が本気で取り組むことはおよそ考えられない。習近平主席の方針とは真逆だからだ。おそらく、TPP加盟交渉で巨大な中国市場を餌にすれば、TPP加盟の高いハードルを下げさせられると高をくくっているのだろう。あるいは、2001年の世界貿易機関(WTO)加盟時と同様に、改革約束の空手形でも出すつもりだろうか。

 中国は「TPP11を主導した日本さえ落とせば大丈夫」と日本に秋波を送ってくるだろう。既に、中国の情報戦は始まっている。

 例えば、日本の報道で「中国の狙いの1つは国内改革を進める外圧としての活用だ」との中国メディアでの改革派の発言が紹介されているのも、情報戦の影響だ。習近平政権にそれを期待できると本気で思っているのだろうか。産業界や政治家が中国の情報戦に揺さぶられて、日本でも「まあ、いいじゃないか」との声が大きくなり、腰砕けにならないか。軸がぶれない外交ができるかが問われる。

 国内の保護主義の要求をぶつけてくる米国。中国市場を餌に、なし崩し的に切り崩してくる中国。そんな身勝手な米中二大国の両方をにらんで、日本は難しいかじ取りを迫られる。

 しかし同時にお互いにけん制させることもできる。その中核はミドルパワーの国々との連携を主導する日本だ。日本はかつてない戦略性が求められる重要なポジションにある。

 TPPへの参加意向を表明している英国の加盟はそうしたポジションの強化につながり、早急に実現すべきだ。その後、同じく参加の意向を示している台湾についても加盟を実現すべきだろう。中国の揺さぶりに惑わされず、台湾の孤立を避けなければならない。日本のかじ取りが世界の秩序作りを左右すると言っても過言ではない。

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