薬価制度に欠けている「医療の安全保障」の視点

 医薬品原料の国内回帰は補助金で解決できるほど生やさしくはない。実はここにもっと根深い構造的な問題が横たわっている。

 まず薬価の問題だ。薬価が低く抑えられているため、製薬会社が低価格の原料に依存する構造が定着してしまっている。医療費の負担削減から後発医薬品(ジェネリック)を推奨しているが、そのほとんどが海外の安い医薬品原薬、ひいては中国の原料に依存している。例えばペニシリンを国内製造した場合のコストを試算すると海外製造の数倍になるという。

 政府は医薬品原料の国内回帰のために製造拠点への補助金で支援していることは前述の通りだ。しかしいくら国内製造ラインの新増設を補助しても、国内の製造原価の高さは解消しない。今回のアビガンについては中国からの原料調達が困難であり、国内生産に乗り出したのも緊急事態だからだ。そのメーカーが2017年に生産を休止したのも、価格競争力がそもそもないからだ。薬価を低く抑えられて採算割れになるので、製薬会社としては永続的に国内調達することは無理だ。

 また医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認プロセスも大きな問題だ。この審査手続きの不透明さは製薬業界では周知の事実だが、お上に盾突くわけにはいかない。いわゆる“暗黙の岩盤規制”の典型だ。原材料の調達先が変更になれば、原薬についてのPMDAの変更承認が必要だが、PMDAは長年医薬品原料の外国調達にむしろ傾斜している。これが国内原材料になかなか切り替えられない障壁になっているのだ。

 これまでの医薬品政策に欠けていたのは「医療の安全保障」の視点だ。そのためにはどうすればよいか。

 まず医薬品のうち国民の生存に必要不可欠で、代替する医薬品がないものを「特定医薬品」として選び出す。そしてそうした特定医薬品については国内生産する場合、例えば原価上昇分を反映して採算割れにならない薬価とするなど薬価制度を抜本的に見直すのだ。

 そしてPMDAもこうした動きをサポートするスタンスに転換すべきだろう。

 これまで医薬品については中国依存のリスクを考えずに、医療費負担の財政的観点から低コストだけを追求してきた。新型コロナはそのリスクを気づかせた。厚労省もやっと動き出す兆しを見せて、この春、研究会をスタートさせた。しかし、壁は医療費負担を懸念する財務省だろう。

 医療物資、医薬品いずれについても、コロナ・ショックをこれまでの医療政策に欠けていた「安全保障の視点での産業政策」への大きな転機にすべきだ。社会が危機感を持っているうちはいいが、新型コロナが終息して危機感が薄れたときに、「のど元過ぎれば」とならないよう願うばかりである。

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