来年の第2段の交渉に向け建設的な議論を

 私は「日米交渉では現実論として譲歩自体は仕方ないが、今回の協定は越えてはならない一線を越えている。もう少し時間をかけてでも、一線を越えない範囲にとどめる努力をすべきではなかったか」と考えている。しかし、そうではないとの政策判断も当然あり得るだろう。

 日米貿易協定を結ぶにあたって議論すべきポイントは、多岐にわたる。例えば、「トランプ大統領による制裁関税の発動は単なる脅しか。その可能性、緊急性はどうか」「それを回避するためにはどうしたらいいか」「欧州連合(EU)との連携は可能か」「今後の交渉に委ねると言っても、その可能性はあるのか」「日本の農産物という交渉のレバレッジを失って、今後の交渉で米国を追い込めるのか」「世界貿易機関(WTO)ルールの“抜け穴”を作ることの弊害は何か」「今後他国との交渉にどう影響するか」といった論点がある。

 政策論は多面的に議論すべきだ。そして、これらの論点について、判断の違いがあったとしても、日本政府には「すでに署名してしまったからには、来年の第2弾の交渉では日本は米国に対して自動車・自動車部品関税の撤廃時期を明確にさせることを最優先にする」という、今後の交渉方針を明確に打ち出すことを期待したい。

 もちろん米国がそれに応じる保証はない。むしろ物品貿易の交渉は終わったとして、サービス分野の市場開放に焦点を移すと考えておいた方がいい。しかも来年に入ると大統領選の真っただ中で、米国は日本との交渉どころではなくなる。よほど日本側が自動車の撤廃時期を明示する交渉にこだわらない限り、実現は期待薄だ。こうした点も希望的観測ではなくクールに見て政策論争をすべきだ。

 さらに米国の制裁関税についても、これを発動しないとのトランプ大統領の口約束があったとしても、手のひら返しを繰り返すトランプ大統領相手だと心もとないのも事実だ。万が一、口約束を破って発動することがあれば、今回日本が譲歩した農産物の関税引き下げは撤回するとの方針を明確に打ち出すことも有効だろう。

 言った言わないよりも、こうした政策論を期待したい。

メキシコ、EUなどから厳しい声

 なぜ、こうしたことを言うのか。それはこの協定が海外からは厳しい目で見られているからだ。こうした協定に他国がWTO提訴をしてくるわけではないが、どういう目で見ているかが、今後の日本の立ち位置に大きく影響してくる。

 環太平洋経済連携協定(TPP)参加国のうち、オーストラリアやカナダなど農産物の対日輸出で米国と競合する国々は、TPPで得た自国の有利な状況を失うことから日本政府に問い合わせをしてくるのは当然だ。

 それだけではない。非公式に外からの見方が伝わってくる。

 例えば、メキシコのグアハルド前経済大臣も今回の協定がWTOルール上疑義がないか、日本の関係者に内々に問題意識をぶつけてきている。

 さらにかつてWTOドーハラウンドでルール交渉を担当していたEU関係者からは厳しい声も聞こえてきた。それはかつて、ドーハラウンドで日本政府が表明していた見解とのギャップだ。そこには、WTOルールが形骸化するのを防ぐために、規律を明確化する目的があった。その一つが今回焦点になっている自由貿易協定(FTA)に関する規定だ。

 FTAの関税撤廃は「妥当な期間内に」行うルールになっているが、その「妥当な期間内」の解釈があいまいなので明確化すべきだという議論である。WTOの解釈では「例外的な場合を除いて10年を超えるべきではない。超える場合はその必要性の十分な説明をしなければならない」とされており、日本政府はこの規律を強く主張していた。EUも途上国のみその例外が認められるとの厳しい立場だった。

 その日本が、日米貿易協定では期限を明示しない関税撤廃でもよいとして規律を形骸化するのは言行不一致ではないか、との厳しい受け止め方をされている。10年を超える場合も時期を明示することは当然の前提になっている。時期の長短の議論はあっても時期を明示しないものはあり得ないとの認識だ。

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