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“毒まんじゅう”を回避した意義は大きい

 米国はTPPから離脱したために、農産物について競争相手のTPP参加国と比べて相対的に不利になってしまっている。こうした事態に対して、トランプ大統領は農家の不満を早急に解消したいはずだ。TPPの水準以上の要求は、単なる交渉術だろう。

 自動車の制裁関税も仮に発動すれば、輸入車だけでなく、米国車のコストも大幅に上がることになる。その結果、ディーラーなどすそ野の広い米国自身の自動車関連産業に打撃になり、自分の首を絞めることになる。それは、米国の様々なシンクタンクの試算でも示されている。そうなれば、株価の暴落を招きかねない。

 トランプ氏が大統領に再選されるためには株価の維持が不可欠だ。そのため、制裁関税を課すことが再選にとってプラスと判断するかどうか、慎重に見極めるはずだ。そうした意味で、これは実行できない“空脅し”となる可能性が高い。

 ただしトランプ氏は予測不可能なので、こうした合理的な判断をするかどうかがわからない。それが大問題なのだ。そうした意味で今回は、「有事」の交渉だったと言える。トランプ氏を怒らせて、万が一でも日本車が25%の制裁関税をかけられるような事態を招きたくないと思うのは、自然な反応だ。

 日本にとって、自動車への制裁関税が課されれば深刻な打撃になる。そのため、これを避けることが自動車業界にとっても最優先課題となった。そこで「協定の精神に反する行動を取らない」と共同声明に盛り込んだ。

 さらに、「米国・メキシコ・カナダ協定」(USMCA)や米韓自由貿易協定(FTA)では追加関税を回避するため、米国に輸出する自動車や鉄鋼に数量制限が設けられたのに対し、日本は貿易を歪曲(わいきょく)する数量制限を受け入れなかったことは大事なことだ。数量制限は“毒まんじゅう”のようなもので、一旦飲まされると、後で嵩(かさ)にかかって米国の要求がエスカレートするのを覚悟しなければならない。これを回避した意義は大きい。

日本が越えてはならない一線とは

 だが、米国が日本から輸入している自動車と自動車部品にかけている関税の撤廃は実現しなかった。日本の自動車業界も25%の制裁関税の回避を優先して、これらの関税撤廃にかかわらなかったようだ。2.5%の関税なので、為替変動と比較すれば業界としてもそれほど実害がないとの判断だ。それは業界としては正しい判断だろう。しかし通商政策としてどうかは別問題だ。

 メディアは今回の交渉で、日米間でバランスがとれたかに注目する。日本の大幅譲歩ではないかとの指摘も見られる。しかしこれまでの日米の貿易交渉を振り返ると、残念ながらバランスを目指してもそうならない歴史がある。安全保障を米国に依存している日本の置かれた状況からはやむを得ない。むしろ貿易交渉だけを取り出してバランス、勝敗を議論すること自体、あまり意味がない。

 しかし国民感情もあるので、国内政治的には、「ウィン・ウィンだ」「バランスを確保した」と言わざるを得ない。

 現実は日米貿易交渉での日本側の譲歩にはやむを得ないものと理解している。ただし、そこには越えてはならない一線もあることを忘れてはならない。今後の日本のあり方を考えた時、日本が守るべきものがあるのだ。