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苦肉の交渉カード集めに奔走した習近平

 5月初旬の貿易交渉決裂後、米中の攻防はなかなか見ごたえのあるものだった。常に米中双方の交渉ポジションは流動的で、ダイナミックに変化する。

 本来、貿易戦争の地合いは国内経済状況を考えれば、圧倒的に米国有利のはずだった。中国国内の失業率は高く、経済指標は悪化をたどっている。関税引き上げによる食料品の物価は上昇しており、庶民の不満も無視できない。他方、米国経済は陰りの兆しが出てきたといっても、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ予想もあって依然、高株価を維持している。米中の相対的な経済の体力は明らかに米国有利だ。ただし、これはトランプ大統領が焦りさえしなければ、という条件付きだ。

 5月10日、閣僚級の貿易交渉が決裂して、米国による2000億ドル分の中国製品に対する追加制裁関税が発動された。前述のように5月15日にはファーウェイに対する事実上の輸出禁止の制裁も発動された。

 ここまでは明らかに米国の攻勢に中国は受け身一辺倒で、中国指導部は手詰まりで焦りがあった。中国指導部としては党内の対米強硬派や国内世論の不満をなだめなければならない。そのために対米交渉を“対等”に闘っている姿を見せるための交渉カードを早急にそろえる必要があったのだ。8月には定例の重要な会議である北戴河の会議があって、党内の長老たちから対米交渉について厳しい批判を受ける恐れもある。

 交渉カードの1つが、米国が輸入の8割を中国に依存するレアアースの禁輸のカードである。習主席が急きょレアアース関連の磁石工場を視察したり、レアアース規制のための検討委員会を設置したり、揺さぶりの動きを繰り出した。(関連記事:「反ファーウェイvsレアアース」の米中衝突を徹底解説

 更にファーウェイに対する制裁に協力する企業をけん制するために、中国版のブラックリストの策定も検討するという。中国製の先端技術の禁輸をほのめかすという、“空脅し”まで繰り出した。

 この段階ではいずれも検討している動きを見せて、米中首脳会談に向けて揺さぶりになればよいのだ。そして米国が繰り出す対中制裁に対して“対等”に対応していることを国内に示せればよい。

 香港問題で地合いが悪くなると、電撃的に北朝鮮を訪問して、交渉カードを補強したのもその一環だ。「中国抜きでの北朝鮮問題の解決はない」と、中国の戦略的価値を誇示できればよい。メディアの目を香港問題からそらす効果もある。

中国に見透かされたトランプの焦り

 6月に入ってからのトランプ大統領のツイッターを読めば、中国との首脳会談をやりたい焦りがにじみ出ていた。大統領再選の立候補宣言をして、選挙戦を考えてのことだ。

 「会わないのなら、第4弾の3000億ドルの関税引き上げをする」

 このように5月13日に第4弾の制裁関税を表明したものの、本音ではやりたくなかったのだろう。これまで累次の制裁関税をやってきて最後に残ったもので、本来やりたくないものだ。消費財が4割も占めて、消費者物価が上がってしまう。議会公聴会でも産業界からは反対の声の大合唱だ。選挙戦で民主党の攻撃材料にもなりかねない。そこで振り上げた拳の降ろしどころを探していた。

 中国もそんなことは重々承知で、第4弾は「空脅し」だと見透かして、首脳会談への誘い水にも一切だんまりを決め込み、じっくりトランプ大統領の焦りを誘っていた。

 中国にしてみればトランプ大統領の心理状態がツイッターの文面で手に取るようにわかる。

 首脳会談をしたいトランプ大統領をじっくりじらして、直前のサシでの電話会談で条件を申し入れて首脳会談の開催を決める。こうして首脳会談は中国のペースで進んでいった。