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「悲惨な韓国」の二の舞にならない保証はない

 安易にこうした数量規制に手を染めた結果、韓国は今、米国に強烈に締め上げられ、韓国の鉄鋼産業は悲惨な状況に追い込まれて悲鳴を上げている。米韓FTAの見直し交渉では、韓国は鉄鋼の追加関税からの除外と引き換えに、鉄鋼の対米輸出量の数量制限を飲まされた。

 

 その代償は思いのほか大きかった。

 その数量制限は鉄鋼の54品目ごとに前年実績の7割が上限だ。しかも四半期ごとにチェックする。まさに鉄鋼の対米輸出は「がんじがらめ」にされて悲惨な状況に追いやられているのだ。安易な妥協をすると、嵩にかかって攻めてこられ、代償は大きいことを如実に物語っている。

 将来、状況の変化を理由に米国が再度、関税引き上げの脅しを振りかざして、強引に数量枠を減らしてくるリスクもないとは言えない。その結果、減らされても飲まざるを得ず、米国に生殺与奪権を握られてしまうのだ。

 大丈夫だと思って数量規制に足を踏み入れれば、その先にも地雷は待っている。一旦米国に対して譲歩して管理貿易に手を染めてしまえば、嵩にかかって攻められる。80年代の半導体などで、嫌と言うほど苦い経験をしている。それが管理貿易の怖さだ。

通商秩序と産業を蝕む“毒まんじゅう”の怖さを直視せよ

 さらにもっと本質的な怖さがある。

 こうした対米輸出の数量規制を米国に許すと、将来、同じように巨大市場を有する中国も同様のやり方で、関税引き上げを脅しに対中輸出の数量規制を要求してきかねないことも覚悟しなければならないのだ。新興国の中には、その手法を真似ようとする動きも現にある。

 従って、この問題は世界の通商秩序の根幹を揺るがすものだとの危機感が必要だ。

 

 管理貿易の深刻さはそれだけではない。産業そのものを弱くするのだ。一旦産業が管理貿易の下に置かれると、政府によって各社別に数量が割り当てられて、企業はそれに従って生産活動をする。政府がいわばこうした裁量権を持つことは、ろくなことはない。行政コストも膨大だが、それ以上に人為的に企業活動を歪めることによって企業の活力を蝕んでいく。

 

 それは80年代の日米摩擦の結果、管理貿易下に置かれた日本の半導体産業がその後衰退していった姿を見れば明らかだ。自動車メーカーもとりあえず「実害のない十分な数量が確保できればよい」といった安易な考えは、将来に禍根を残すことを肝に銘じるべきだろう。

 

 まさに数量規制とは、通商秩序と産業を蝕む“毒まんじゅう”なのだ。