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「生産性を上げて仕事をしよう」「効率よく仕事をしよう」——。当たり前のように言われる言葉ですが、孫泰蔵さんは「生産性を上げて、効率よく仕事をすれば幸せになれるというのは信仰だ」と言い切ります。今回は生産性と効率について詳しく聞きました。

(聞き手/構成:日経BP書籍編集1部長・中川ヒロミ)

前回の連載で、「効率よく人生を進めたいというのは貧乏性」と言われていました。この言葉にはっとさせられました。特に子育てや人の育成に、「効率」や「生産性」はそぐわないように思うようになりました。しかし、仕事でも家事でも子育てでも、効率よく速くやろう、生産性をあげようと言われて、それが正しいと思ってきました。改めて、効率や生産性について詳しくお聞きしたいです。

孫泰蔵氏(以下、孫): 効率や生産性という言葉は、もともとは工場で使われてきた工業用語なんです。そして工業の本質とは「分業」です。

 例えば A、B、C、Dという4つの工程がある場合、一人がA、B、C、Dの工程を通して製造するよりも、Aだけ担当する人、Bだけ担当する人、Cだけ担当する人、Dだけ担当する人と分けて製造したほうが単純作業になるのでミスが少なくなり、作業が速くなる。すると同じ時間でたくさん作れるので、1個当たりの価格は安くなる。資本主義経済はこの原理で動いているわけです。

 同じものを規格品として大量生産するなら、これが効率的で生産的なんですが、そうじゃないものもたくさんあります。例えば人間が学習をする場合、そもそも一人ひとり性格が違うし、個性が違うし、やりたいことや学びたいことだって全然違う。同じ規格品じゃないのにもかかわらず、ほかの多くのことに工業の考え方を当てはめてしまうんです。

なるほど、製造業の考え方を広範囲に応用してしまっているんですね。でもなぜ、工業と人間は違うとわかっていながら、当てはめちゃうんでしょうか

:実は現代の社会全体が工業的な考え方で設計されているからです。私たちの環境としての社会すべてに分業が浸透していて、その中でずっと暮らしている私たちは、分業が浸透した環境にたいへん大きな影響を受けます。朱に交われば赤くなると言いますが、人間は環境から受ける影響が一番大きいんですよ。

 例えば町の分業を見てみると、学校は勉強する場所、スーパーは食材を買う場所、役所は手続きをする場所、病院は病気を治す場所、レストランは食事をする場所というふうに分かれて、分業が進んでいます。人はいろいろな用事を済ませるためには、いろいろいなところに行かないといけない。すると、人間もそれに合わせて分業して生きるようになり、その社会の中で役に立とうとする。これが生きていく道だと思い込んじゃう。本当は人間っていろいろな複雑な要素を持ちうるのに、人間という存在をわざわざ「機械化」するんですよね。自分の精神まで工業化、機械化しているんですよ。だから人にも「あなたの強みは何なの?」「何を頼めるの?」と機械の機能のように語ってしまう。

「分業」「機能」というと悪い印象がありますが、別の言い方をすると、それはこれまで「専門性がある」と評価されてきたことですよね。

:そうなんです。これまでは「専門性がある」と言われてきたことなんです。専門性がある機械は生産性が高い。生産性を高めるには無駄を省こうとする。本来、人間の成長には多様性があってもいいのに、いろいろなことを少しずつ勉強していると専門機械の人間として中途半端になっちゃうと考えて、「何かを究めなさい」「効率よく勉強しなさい」と子どもにも言ってしまう。

ああ、子どもに「効率よく勉強しなさい」「その日のうちに復習したほうが覚えるから効率がいいでしょ。だから今やりなさい」と言ってしまっていますね。私は子どもに機械の教育をしていたのかもしれません……。

:機械にひたすら穴だけ空けなさい、ボタンをつけるとか、接着するとかしなくていいから、穴だけ開けなさい、と言ってるのとそれほど変わらないですよね。「ねじを回していいですか?」「ねじとかを回している場合じゃないよ。穴を開けなさい!」と言っているのと同じです。