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 人生100年時代を迎えて常識がめまぐるしく変化する中で、「アンラーン」が注目されている。アンラーンとは、一度身につけた知識や経験を必要に応じて捨てること。東京学芸大学で公教育のオープンイノベーション事業を立ち上げた孫泰蔵さんが、同大学副学長の松田恵示さん、拠点となる新施設を寄贈した住友林業の副社長・佐藤建さんとともに、生涯にわたって探求し、新しい価値を創造するために必要な「学び」について語った。その鼎談(ていだん)をお届けする。

(聞き手:日経BP書籍編集1部長・中川ヒロミ)

(左から)松田恵示さん、孫泰蔵さん、佐藤建さん

スタートアップ支援、教員養成大学、ハウスメーカーと、皆さんそれぞれにご活躍の場が異なります。どのような接点があって、今回のつながりが実現したのでしょうか。

松田さん

松田恵示さん(以下、松田さん):もともとは、本学の「教育改革」への取り組みがきっかけです。学びを支える一連の活動を「教育」としましょう。学びのサイクルには、必要なことを身につける「定着」と、学ぶことで新しいものを生み出す「創造・生成」という2つの大きな側面があります。ところが最近、このサイクルが回っていないという危機感が強くなっていました。

 今のように閉塞感が社会を覆ったり、先行きの見通しが難しくなったりすると、人は保守化して「定着」に力点を置きがちです。本来は教育を通じて「創造・生成」を促したいのに、大学内部からイノベーションを進める力が正直弱い。日本の公教育の中核的立場にある本学が率先して状況を打破すべく、産業界と連携することで「教育イノベーション」の拠点をつくろう。そんな経緯で孫さん率いるミスルトウさんの協力を得て、オープンイノベーションの「Explayground事業」が始まりました。さらにこれも孫さんのご縁で、住友林業さんから最先端技術を駆使した木造施設の寄贈を受けることになったのです。

外部の力を活用して、教育の「常識」を変えていこうという試みなのですね。そもそも、なぜ教育のサイクルが回らなくなったのでしょうか。

松田さん:社会的なマインドセットのようなものの中で一つ考えられるのは、失敗を許容せずに恐れてしまう感覚の広がりです。生徒も先生も、もっと言ったら保護者も、失敗を極度に恐れるようになりました。本来、新しい取り組みには失敗が付き物です。ポジティブに受け止める風土をつくり、それを支える必要性を感じています。

孫さん

孫泰蔵さん(以下、孫さん):効率よく、低コストで人生を進めていきたいなんて、僕、それは「貧乏性」だと思っています。そういうの、いい加減にやめません?

「貧乏性」……グサッときます。つまずきを避けて、一直線に結果までたどりつきたい欲求が社会全体で強くなっているということですね。今回事業の拠点施設として東京学芸大学小金井キャンパスに寄贈された建物も、本来は研究開発が終わった後は解体される運命だったと聞きました。それこそ「ぜいたく」な試みの一つでは?

孫さん:いや、それは「ぜいたく」ではなく単に「もったいない」です(笑)。

佐藤さん

佐藤建さん(以下、佐藤さん):寄贈の経緯をご説明しますね。当社の筑波研究所で国産スギのCLT(Cross Laminated Timber、直交集成板)の活用方法の研究開発を進める中で、CLTを活用した実験棟を建てていました。CLTは強度、安定性に優れた建材です。日本では2013年にCLTの日本農林規格(JAS)が制定され、16年には関連する建築基準法も整備されて、活用についての取り組みが進んでいます。

 ただ研究が終わればその実験棟を置いておくスペースもないので、解体してバイオマス発電の燃料にでもという話でした。そんなときに孫さんとの出会いがあり、東京学芸大学に移設してExplayground事業の1号棟としてご利用いただくことになったのです。

移設されたExplayground事業の1号棟