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居林:私が申し上げたいのは、「刹那的な状況解説は常に可能だ」ということです。その場、その場の値動きに対して、もっともらしい理屈を述べることはなんとでもなる。「ど短期」の投資をされるならば、それを追うのもよろしいでしょう。ただし、短期的な相場見通しと長期的な見通しは食い違うことが往々にしてあります。

 「市場(が付けている値段)が正しいか、正しくないか」について、自分自身の物差しを持ち、それが間違っているときは胃薬を飲んで勝負に出る。というのが投資家だと連載の最初に申し上げました。そしてその後、「自分の物差しは正しかったのか否か」という判定は必要ではあるんです。

 ただし、私の考えでは、その振り返っての判定は数週間とかではなく数カ月、もしくは1年くらいのもう少し長い期間で結果を見ないと判断基準が振り回されてしまうと思うのです。

振り回される、というのは具体的には?。

居林:「(短期的に)市場が自分の判断とは違う値動きをしたから、自分(の物差し、判断基準)は間違いだ」と思い込んでしまうことです。

自分の中に「強気派」と「弱気派」を持つ

なるほど。どうにでも説明できるど短期の値動きで一喜一憂していたら、「物差し」なんて持てないでしょうね。でも、私がそうなんですが、理屈で説明されると「確かにそうかもしれない」って引っ張られてしまう。これも人情だと思いますが。

居林:そこでおすすめしたいのは、他人の強気論、弱気論の「両方」を理解するクセを付けることです。最終的に、「今、どちらに自分が付くべきか」というのが見えてくるし、何回も申し上げていますが、「自分は、自分の投資判断基準というものをどこに持っているのか」が、他人の意見を比較検討するうちにはっきり見えてくる、と思います。

他人の意見を理解する。

居林:例えば、1カ月、3カ月、6カ月とか、それぞれのタームで「強気論」と「弱気論」の両方を自分の中で展開するわけです。私もやっています。「居林ブル」と「居林ベア」に議論させるわけですね。そして、どちらが勝つのかを見てみる。

なるほど。架空の存在を置いてみる。ジキルとハイドみたいになりそうですが。

居林:架空と言いましたけれど、実際には、強気論を信じる投資家、弱気論を信じる投資家は、両方常に存在します。じゃないと売買が成立しないからです。

あ、そうか。

居林:だからマーケットは、理屈では理解しにくい動き方(簡単に言うと「必要以上に振れる」のです。連載第1回をご覧ください)をするのです。そもそも理屈と言っても、それはあくまで「自分が信じている、理解している理屈」ですからね。これが分かると、マーケットが自分の考えていることと――少なくとも短期的に、1日、1週間、下手をすると1カ月でもいいのですが――逆方向に動くなんてことは、容易にあり得るわけです。