居林:抽象化して言えば、ある価値を生み出す動産なり不動産なり、何らかの「箱」があるわけですよね。そして、その箱に投資するためにかかっているコスト、というのがどこかにあるわけですよ。大家さんモデルだと3%という借入金利をその代理として使っているわけですけれども、それを引いてももうかるんだったら、そのもうかっている分は、その箱の価値に上乗せされるべきですよね。

資本コストと配当の話ですね。株式を購入する場合には、ノーリスクの安全資産で運用した場合の利回りとの比較が入るし、一方で配当への期待もある。それが株価には織り込まれているはずなんだけど、時にはその織り込み方に“間違いが生じる”と。

居林:自分が大家さんになって、家賃が上がったり、下がったりするわけじゃないですか。そのときにビルを売った方がいいのか、ビルを売らないでそのまま持っていて家賃を毎月もらった方がいいのかというのは、そのときによって違うわけです。

ああ、不景気でビル自体の値段は下がっていても、家賃収入が安定していて、自分の資本コストを超え続けると期待できるなら、急いで売る理由はないですね。

コックには「レシピ」、投資家には「哲学」

居林:株式投資も似たような側面が非常に大きいんです。P/Lの業績だけではなく、BSの資産から見て高いか安いか、そして、配当を考えて、売るべきか、持ち続けるべきかを市場の変化に応じて毎日、毎時、毎秒見直す。

 見直す、となれば、そこには判断基準が必要なわけです。「今なら、将来性から見て、配当を考えてもこの値段は高すぎるから売るべき」とか「この高配当が維持されるなら、割安だから買い」とかですね。

 私が、判断基準が「なんとなく」や、「思いつき」のままでは良くないと思うのには、2つの理由があります。

 1つは再現性です。料理に例えるとレシピがない状態でしょうか。これだと、たまたま1回はプロをしのぐ旨さを出せたとしても、同じ味を再現できないでしょう。投資も同じだと思います。

 投資のプロの人が「投資哲学」について熱く語るのは、それは料理人の精魂込めたレシピに相当するからです。 第2に、買いから入った場合ですが、その次の投資判断である、買い増し、損切り、売却、という判断があやふやな理由と根拠からなされていると、そのうちどうしてよいのか分からなくなってしまうことが多いからです。

根拠がない決定を繰り返してしまうと、わけが分からなくなってしまう。

居林:これではいけません。せっかく、一度は優れた投資判断をしても、その仕上げができなくて結局はうまくいかないという、投資判断上の大きなハンディキャップを背負ってしまうことになります。

 プロは自分の判断基準に、個々に考えてたどり着く。個人投資家の方で、そこまでいっている方は非常に少ない。自分自身の、「どうやって考えるか」という考え方を考えてほしい。というのが、実はこの連載の大きなテーマだと私は勝手に思っております。投資哲学、投資のフレームワークですね。

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