2018年10月に開催した第2回起業部の様子。APU卒業生たちが、起業部のメンバーに話をした
2018年10月2日、APU起業部(出口塾)第2回の講義を開催。APU(立命館アジア太平洋大学)の卒業生の中から大分県内で起業した3人の先輩に体験談を語ってもらい、さらにシリコンバレージャパンプラットフォームの共同議長、ダニエル・オキモト氏の特別講演を行いました。
先輩起業家がよろこんで来てくれるのは愛校心の強いAPUならではのことですが、APUは第一期卒業生がおよそ36歳です。卒業生はみんな若いのです。今回の最年少は2015年度の卒業生、26歳の若き起業家でした。
なにかを語るには経験が足りないのでは、と思われるでしょうか。でも、僕はこの「若さ」と「年齢の近さ」こそが学生の刺激になると考えています。
だって、京セラの稲盛和夫さんやソフトバンクの孫正義さんに「自分はこうした」と言われるよりも、年齢の近い卒業生であればずっと「自分にもできそうだ」と感じるでしょう? 数年後の自分の姿に重ね合わせやすいでしょう? こうしたロールモデルにたくさん触れさせ、学生の「できそう」感を喚起したいというのが、APU起業部の狙いなのです。
実際、3人の先輩の話はとても示唆に富んでいました。
なぜ起業したか。どのようにビジネスを軌道に乗せたか。起業家にとって大切なものは。大きな失敗経験は――。1人は預金残高のグラフを見せつつ、「この時期は残高が底をついた」と赤裸々に語ってくれました(笑)。学生は、起業のリアルさをきっと感じたことでしょう。
彼らが口を揃えて言っていたのが仲間の大切さです。助け合うピアや指導してくれるメンターなど、いい仲間を持つことが起業を成功させるためには欠かせない要素だ、と。
メンターに関しては、中国の古典『貞観政要』にとてもいい話があります。僕の座右の銘でもある「三鏡」――「銅の鏡」「歴史の鏡」「人の鏡」の中の、「人の鏡」です(これについては『座右の書 「貞観政要」』に詳しく書いたので、ぜひそちらをお読みください)。
この「三鏡」は、リーダーに不可欠な要素を表しています。1つ目の「銅の鏡」は、「自分を映す鏡」。リーダーは自分が元気で明るく、楽しそうにしているかどうかをチェックしなさいということ。2つ目の「歴史の鏡」は、将来何が起こるかの教材は過去にしかないから歴史を学びなさい、ということ。
そして3つ目が「人の鏡」で、厳しいことを言ってくれる人を近くに置きなさいということです。そうでなければ裸の王様になってしまう、と。
これはまさにメンターのことで、僕自身、還暦でライフネット生命を起業してからは、諫言してくれる人に随分と助けられました。朝日生命の専務を務められた、伊佐誠次郎さんという人です。
伊佐さんは僕より年上で生命保険業界の経験も長く、ライフネット生命の常勤監査役になっていただいたのですが、ほぼ毎日、僕は伊佐さんに叱られていました(笑)。ふらっと僕の部屋に来ては、「ここがダメだ」「あんなおかしなことを言うもんじゃない」とぼろくそに言っては去っていくのです。
その言葉に日々反省し、改善していったおかげで、僕は裸の王様になることなく、社長、会長をなんとか10年間務めることができたと思っています。伊佐さんがいなかったら、きっとどこかで道を間違えていたことでしょう。
ですから卒業生の起業家には、起業を目指す学生のメンターの役割を担ってほしいのです。「人の鏡」になってもらいたい。
その意味もあって、今後もあらゆる業種業態の先輩起業家を呼び、講演してもらう予定です。ベンチャーは1社ずつ固有のストーリーがありますから、話を聞くだけでも勉強になります。さらに先輩起業家とのネットワークをつくり、学生との相性や業種業態をマッチングしてそれぞれメンターになってもらおうというわけです。
今は6人の先生がハンズオンしていますが、具体的にプランが固まってきたら先輩にメンターとしてついてもらう予定です。実際、1年後には起業できそうなプランを練り上げているグループがすでに2~3組出てきました。ビジネスモデルが練り上げられ、いい仲間も集まっている。
学外の皆さんには「1年後に起業できるのですか、早いですね」と驚かれるのですが、僕がライフネット生命を立ち上げたときも準備期間は1年半程度でした。免許事業は平均2年かかると言われていましたが、人間やろうと思えばできるものなのです。
世界中の先輩起業家をつなぐネットワークを
先ほど「先輩起業家とのネットワークをつくっていきたい」と言いましたが、ゆくゆくはグローバルな舞台で起業している卒業生も講義に呼ぶつもりです。というのもAPU起業部員も半分は国際学生で、いつか母国で起業したいという人が少なくありません。グローバルにおける起業のリアルを知りたいというニーズはとても強いのです。
APUには海外で事業を起こした卒業生がたくさんいます。例えばシンガポールはAPU校友会がとても盛んですが、そこにいるシンガポール人はごくわずか。日本人をはじめ中国人や韓国人、インドネシア人、タイ人、インド人など、シンガポールで起業している卒業生が大半なんですね。そう考えると、起業部に所属している国内学生も日本で起業するとは限らないわけです。
「全世界で、自分の持ち場を見つけて頑張って世界を変えてほしい」。これがAPU2030ビジョンの掲げる理念です。そのために、APU起業部でもできるかぎりのサポートをしたいと思っています。
ただし、こうして世界を見据えて活動するのは理想的なことなのですが、一つの問題があります。世界中から卒業生を呼ぶとなると、あたり前ですが旅費がかかってしまうのです。
困ったことにAPU起業部は、その旅費を出すだけの予算がありません。
そこでAPU起業部では、現在クラウドファンディングに取り組んでいます。読者の皆さんのお力で、ぜひ、APU企業部を支援してください。どうかよろしくお願いします。
「3つの改革」の進捗は?
「将来構想委員会」「英語力向上委員会」「海外派遣100%委員会」。
学長就任以来、この3つの委員会を立ち上げ改革を進めていることは、この「学長日記」でも話してきました(詳細は「企業と大学の経営、実は何も違いません」)。
まず「将来構想」の中で議題に上っていた新学部については、「観光系・インバウンド」の方向で検討を進めることが固まりました。2021年度の開設を目指して、これらの関連産業に携わる人材を育成する魅力的な新学部をつくろう、と考えています。
この件に関しては新聞にも掲載され、地元の人にも大変よろこばれています。「APU開学以来、ずっと観光系の学部をつくってほしいと思っていた。やっと夢がかなった」と、別府前市長の浜田博さんが駆けつけてくださいました。
おもしろいのが、浜田さんは呉服屋さんを連れて来られて、「絹の和服をAPUの学生に100着プレゼントしたい」とおっしゃるのです。どういうことか聞くと、「町おこしのイベントを開く際に、学生に着物で訪日観光客をおもてなししてほしい。協力してくれたら着物はそのまま差し上げますから」と言うのです。発想がユニークでしょう?
あくまでまだ検討段階なのですが、それほど観光やインバウンドに関する新学部の期待感が別府の町にあふれていたということですね。
僕は、社会の変化やニーズに合わせた学問を提供していくのが、大学の大切な役割だと考えています。社会が変わっていくのに、大学が変わらなくていいはずがない。では、現在の日本の大きな課題は何かといえば少子高齢化で、その対策として政府が柱のひとつに定めているのが観光・インバウンドです。
政府だけではありません。九州経済連合会の麻生泰会長も、大分県の広瀬勝貞知事も、そして別府市の長野恭紘市長も、みんな観光・インバウンドを意識しています。その中で、APUがそれに応えるのは当然ではないでしょうか。
第3代APU学長の是永駿さんからも、「立命館は私立大学だが、APUは半分公立大学だと思って経営してください」と引き継ぎのときに言われました。大分県と別府市から多額の支援をもらってできた大学ですし、地元に愛されない、支持されない大学経営は長続きしませんから、と。
僕もその通りだと思います。オックスフォード大学やハーバード大学といった世界を代表する名門校は、いずれも地元の人に深く愛されています。地元に愛されない存在は、企業であれ、大学であれ、大きく伸びることはできません。
国や県、市の取り組みに大学が応えれば、地域の人も元気になるし、行政も応援してくれる。それがいまの九州、大分、別府においては「観光系・インバウンド」だと考えた、ということです。
学長就任初年度の5つの改革
新学部についてはここまで申し上げたとおりで、「英語力向上委員会」も、「海外派遣100%委員会」も詳細設計に入って来年4月からの施行を目指しています。すべて、「あとはやるだけ」です。
しかし、いま取り組んでいるプロジェクトはこの3つだけではありません。
2018年度の下期に入り、大きいプロジェクトをさらに2つ立ち上げました。1つめが、「入学試験改革検討ワーキング」。今は国内では、一般入試とAO入試を採用していますが、将来どのような入試に改善すればよりおもしろく、よりユニークな学生に来てもらえるか、APUらしい入試とは何かをゼロベースで考え、年度内に答申を出す予定です。
もう1つは、「トップレベルの入学者層確保プロジェクト」。日本中のもっと優秀でとがった学生に来てもらうためにも何をすればいいかというプロジェクトで、2018年11月に発足させました。
APUは海外ではそれなりに知名度も高く優秀な学生が集まるのですが、逆に日本でまだまだ知られていないのが実情です。しかし、「90の国から18歳が3000人も集まっているおもしろい場所がある」ということを知りさえすれば、ピンとくる学生は多いはず。偏差値に従って東大や京大に進むだけが人生ではないと考え、選択肢に入れてくれるはずです。
そのために今後、全国のとがった高校生や保護者、そして高校の先生にAPUのことを知ってもらうためにはどうしたらいいのかを、一切の制約なしで徹底議論していく予定です。
こうして、学長就任初年度は上期3つと下期2つ、計5つのプロジェクトを走らせることになりました。引き続きAPUをどこよりもとがったキャンパスにしていくため、さらにスピードアップして改革にまい進していきたいと考えています。
(構成/田中裕子)
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