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日本の教育に学びたいマハティールさんの思惑

 マハティールさんは教育に熱心で、特に日本の教育システムには非常に強い興味を持たれています。今回は、マレーシアの教育担当の大臣を連れてこられていました。どうやら日本の大学にマレーシアにきてもらい、日本流の教育を若者に受けさせるプランを構想されているようです。

 なぜ日本の教育なのか。いったい何を評価されているのか。果たして世界に誇れるものなのか。――読者のみなさんは首をひねっていらっしゃるかもしれません。

 実はマハティールさんが高く評価し、自国に取り入れたいと考えているのは、学力・学問的な「教育」ではありません。「モラル」や「生き方」といった、広い意味での「教育」なのです。

 「国を発展させるためには、経営やIT教育も大切だ。しかし、戦後日本がすばらしい成長を遂げたのは、自動車や電機・電子産業のニーズが爆発的に増えたからだけではない。『助け合う』『勤勉』『社会のために働く』といったモラルや価値観が培われてきたからこそ、大きく発展したのだ。こうした下部構造を育てていかなければ、マレーシアは先進国にはなれない」――そう考えておられるんですね。

 下部構造をないがしろにしてうわべの産業だけをつくっても国は栄えない、という考え方には納得感があります。日本が製造業の工場モデルに適応した人材を育て、がまん強く長時間労働を行うことによって発展してきたのは間違いありませんから。

 つまり「ルック・イースト」政策は、トヨタの「カンバン方式」に象徴される技術や仕組みを学ぶだけではないのです。そういった技術や仕組みを生みだし、活用できる人材を育てた教育システムこそ取り入れなければならない、ということなんですね。

  もちろん先進国の首相であれば、現在の日本に学ぶのは「停滞した経済や世界一の少子高齢化社会からどう脱却していくか」といった点になるでしょう。しかし、マレーシアはまだまだ発展途上国。まずは戦後日本の成功を――要は「先進国になるための方法」を学びたいのではないでしょうか。日本の高度成長期の「アフター」ではなく「ビフォー」が、ちょうどいいモデルケースなんですね。

 これはどの国にも言えることですが、現状を無視して理想ばかりを追いかけても仕方がありません。たとえばいまの日本で「若者をどんどん増やし、もう一度モノ作りで高度成長を目指そう」といった議論をしてもリアリティがないと思いませんか?

 やはりある程度の少子高齢化を前提に、その社会でどのように経済を成長させていくかを考えなければならない。手持ちのカードを理解し、それを前提に議論しなければ、いい社会はつくれないのです。