人材育成や経営戦略支援に長く携わり、ビジネス書要約サイト「フライヤー」や、ウェブメディアの経営にも参画する荒木博行氏。『世界「倒産」図鑑』(日経BP)、『藁を手に旅に出よう』(文藝春秋)など、ビジネスや働き方について分かりやすく解説する書き手としても知られる。高校生・中学生となった二人の子を育てる日常から得たという深い学びとは? 前後編でお届けする。今回は後編。

1975年生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、1998年に住友商事に入社。人事部で人材育成に携わったのち、2003年にグロービスに入社。法人向け教育コンサルタント、研修講師を務め、14年、グロービス経営大学院にてオンラインMBA事業を立ち上げる。18年、同社を退社し、学びデザインを設立。フライヤーのアドバイザー兼エバンジェリスト、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員、絵本ナビ社外監査役も務める。埼玉県在住。専業主婦の妻、高校1年生の長男、中学1年生の次男との4人暮らし。
(取材日/2020年12月4日、写真:鈴木愛子)
(前編はこちらから)
子どもに限らず、若い世代のビジネスパーソンにも意識の変化は起きていると感じますか。
荒木博行氏(以下、荒木):とても感じます。40代以上の世代は「給料が上がる」ことを目標に頑張れた世代ですが、今の20代、30代は給料上昇のイメージをほとんど持っていませんし、もっと言えば「お金がなくても、そこそこの生活は送れる」とも考えている。YouTubeを見て、コンビニで食事を調達して、友達同士でチャットをしていれば、1日を退屈せずに過ごせるじゃないか、と。上の世代と比べて、金銭的報酬に執着がないんです。一方で、「社会に貢献しているかどうか」というソーシャル感覚は敏感で、「このプロジェクト、確かに利益は上がるかもしれませんが、地球に優しくないですよね」という意見を述べたりする。上司部下の関係においても、親子においても、世代間の価値観ギャップを前提に語り方を変えていかないといけないと、切実に感じています。
新型コロナの影響によって、そのギャップはますます広がるというご指摘ですね。荒木さんご自身も、お子さんへの語り方を変えましたか。
荒木:変えないといけないと焦っています。我が子に「勉強して何になるの?」と問われたときに、なんと答えられるか。「いい大学に入って、いい会社に就職して……」という未来にリターンを据える語り方を封印し、語るべきなのは「今、この勉強をすることの面白さ」なのでしょうね。分からないことが分かる楽しさや、好奇心のままに世界を広げる楽しさを積極的に言語化していく。何を面白いと感じるかは、子どもによって違うはずなので、普段の言動をよく観察してスイッチを探ることから始めないといけない。今この瞬間に体験している学びの価値をいかに語れるか。新しいボキャブラリーが、親側に求められる時代になると思います。

同じことがビジネスシーンにも言えるのではないでしょうか。
荒木:まさにそうです。3年後のリリースに向けて大型プロジェクトを進めるときに、取り組んでいるプロセスそのものが楽しいとメンバーに思わせられるかどうか。あるいは、仮に途中でダメになったとしても、「これまでの体験は無駄ではなかった」と思えるような意味を与えられるかどうか。要するに、ご褒美を発見できる力、“意味づけ”の力がビジネスリーダーには問われていくと思います。究極的には、「プロセスだけでも十分に満たされている。結果はオマケだよね」くらいのマインドを目指したほうがいい。難しさはありますが、決して悪いマインドではないと僕は思っています。
「将来もらえるだろうご褒美に向けて苦労に耐える」というマインドから、「なんでもない1日にご褒美を見いだす」というマインドへの転換が始まっているのですね。
荒木:そうです。どうしてもご褒美を見いだせないときは、転職するなりで土俵を変えてもいい。その選択肢をより軽やかに持つことも大事だと思います。そして、こういったメッセージを子どもたちに伝えるときに、最も説得力があるのが「親の背中を見せる」。親である僕らが、毎日を楽しく生きているか。コロナ禍のリモートワークで、働く自分の姿を家族に見せる機会が増えた人も多いと思いますが、リモート会議を終えた後に愚痴ばかり言っていたり、つまらなそうに作業をしていたりすると、子どもたちへの説得力はゼロですよね。僕自身はコロナ前から家で仕事をする時間も多くて、セッションの現場に子どもたちも連れて行って手伝わせたりもしましたし、働く姿は比較的見せてきたほうだと思います。「子どもたちからどう見られているか」を意識して、大人が目の前の仕事を楽しむことが、子育ての重要な要素になる気がします。
もう一つ、親が子どもにできる働きかけとしては、ご褒美を発見する力を育むための“視点”を与えることでしょうか。自分で気づけないご褒美は結構あるはずなので、さっきの素振りの場合だと、「ちょっと手を見せてみろ。ずいぶん、硬くなっているな。これは県内3位くらいの手だぞ」と言ってみたり。いろんな角度から、成長を自覚するきっかけづくりをサポートしてあげるといいですよね。
子育ての経験が、事業や組織づくりに生かされていると感じることはありますか。
荒木:そうですね。やはり子育てを通じて一番身についたと思うのは、「他人の目からものごとを見る力」だと思います。「自分の子なのだから、こういう振る舞いをするのではないか」という臆測とはまったく違う行動をする我が子に向き合い続けた結果、子どもは自分とは別人格であり、親子であっても完全なる他者であるという気づきを得た。これは大きな学びであり、僕のすべてのコミュニケーションのあり方を塗り替える体験でした。

他者としての子どもと向き合い直す。その「出会い直し」によって、荒木さんはどう変わったのですか。
荒木:相手の視点に立って考える努力を真剣にするようになったと思います。「なぜ宿題をやらないのか?」と責める前に、子どもの視点に立ってみると、実は学校で友達と何かがあったのかもしれないし、何らかのストーリーがあることに気づけるわけです。「こうあってほしい」と望む気持ちを抑え、相手が何に今向き合っているのかを尊重した上で、どう働きかけるかを決めるようになりました。きっかけは3年ほど前、子どもが初めて受験に直面したころからです。僕自身が同じくらいの年齢で受験を経験したときの向き合い方と息子のそれがあまりに違ったので……、最初は戸惑い、葛藤し、やがて人間観を根本から変えるというステージに至りました。
ビジネススクールの運営や講師業などを通じて、たくさんの人と関わってきた荒木さんの価値観を最も変えたのが「我が子」だったというのが意外で、かつ、意味深く感じます。
荒木:僕にとって必要な学びでした。それまでは、僕が仕事を通じて会ってきた人たちは、非常に意識が高くてアクティブに行動できる、社会の上澄みの一部にしかすぎないのだと自覚することができたんです。世の中には、頑張りたくても頑張れない人がいるんだ、と。一定の高等教育を受けてきた人たちが設計するサービスやシステムでは、こぼれ落ちてしまう人たちがたくさんいる。それは頭では分かっていても、リアリティーをなかなか持てない自分がいました。だから、無自覚に「強い人がより強くなるモデル」を前提に仕事をしてきた。特に前職のビジネススクールには、環境に恵まれた人たちが集まりますから、「世の中はこういうものだ」と錯覚してしまう。「頑張れる人がより努力して成果を出す」というステップに乗れない人が、僕の目には映っていなかった。恥ずかしながら、見えていなかったんです。子育てを通じて、世の中にはいろんな事情や価値観の違いがあるのだと学ぶことができてから、もっと広い視野で社会を見渡して、「どうしたら社会全体がハッピーになるだろうか」と考えられるようになりました。
その変化の先として、これからビジネスでチャレンジしたいと思うことはありますか。
荒木:このような気づきがあったことで、2年前に立ち上げた会社のコンセプトは「学びの裾野を広げる」というものなんです。ビジネススクールに15年勤めて、社会のトップ・オブ・トップをさらにエリートに磨き上げるための貢献はしてきたつもりですが、より幅広い方々に届けられる仕事がしたいと考えています。自作のゆるいイラストも使いながら親しみやすく、仕事や人生全般で生かせる本を出版しているのも、「学びの裾野を広げる」という思いからです。実は、子どもたちに向けて届ける気持ちもあって書いているのですが。今は分からなくても、いつか何かを受け取ってくれるといいですね。

最後に、荒木さんにとって「子育て」とは?
荒木:子育てとは「自分育て」です。自分が育って初めて、子どもは育つ。僕は子育てを通じて、他人の立場に立つ姿勢を学ぶことができました。哲学者の國分功一郎先生のいう「環世界移動能力」を少しずつ身につけられたと思います。環世界というのは、生物によって知覚できるものの違いのことで、例えばダニならば乳腺と毛なのだそうです。人間一人ひとりにも環世界があるのですが、それを移動することができるのも人間特有の能力であると解いたのが國分先生。つまり、相手にしか見えていない世界を想像して、相手の気持ちになることができる。その力を養うきっかけとなったのが、僕にとっては「子育て」だったのです。
相手の立場に立つことで、ものごとの見え方は大きく変わります。例えば、実際の企業倒産の事例を解説する『世界「倒産」図鑑』を書いたときも、その当時の経営者の立場になって考えると「合理的な決断をした結果だったんだな」と理解できました。視点を行き来して、相互理解を深めていく。子育てにおいても、ビジネスにおいても、ずっと大事にしていきたい姿勢です。


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