10年以上に及ぶ不妊治療を経て、養子を迎えたトライバルメディアハウス社長の池田紀行氏。親となって1年8カ月の期間に起きた心境とワークスタイルの変化、そして経営者としての価値観の転換とは。いわく、「血縁がない子だからこその向き合い方がある」。マーケティングの最前線で活躍するビジネスリーダーは、子育て体験を通じてある社会課題を本気で解決したいと具体的な構想も始めたという。前後編でお届けする。今回は前編。

特別養子縁組でお子さんを迎えたご経験をつづった『産めないけれど育てたい。』(KADOKAWA)を夫婦共著で出版されました。
池田紀行氏(以下、池田):はい。年ごろになれば結婚し、数年もすれば子宝に恵まれ、夫婦から家族になっていくのがふつうなのかもしれませんが、僕たちの場合は望んでも子を授かれない時期が長く、不妊治療を10年以上続けてきました。その間に2度の流産と死産も経験し、さらに妻は病気の治療のために子宮を全摘しました。手術を終えた妻から「育てることはまだ諦めたくないから、養子を迎えたい」と告げられ、僕も同意したのが3年ほど前のこと。その後、1年かけて、児童相談所が実施する里親研修を受けたり、民間の養子縁組あっせん団体の説明会や研修に参加したりした後に、正式な「待機」状態に入ってほどなく、「ご紹介したい赤ちゃんがいます」という電話を受けました。2019年1月、僕は突然パパになりました。新生児で迎えた息子はすくすく育ち、今は1歳8カ月です。
パパになっての心境の変化はいかがですか?
池田:親になれたことは心からうれしかったです。でも、正直に告白すると、最初の数カ月は自分の気持ちが追いついていませんでした。それまで夫婦だけの生活が長く、大人2人だけの生活リズムがすっかり染み付いていたんですよね。
特に僕は、仕事を夜遅くまで思い切りやって、アウトドアやバイクの趣味にもたっぷり時間をかけたいタイプ。子育てが始まった途端、「あれもできない、これもできない」と、どうしても制約を感じる場面が多くて。人生設計を変えるのが嫌で、「僕は妻の願いをかなえた。でも、自分のライフスタイルは変えないぜ」という姿勢を積極的にアピールしていました。しかし、3カ月たった頃に妻から激怒されまして……。あの頃は本当に申し訳なかったですね。
現在はすっかり子煩悩になったそうですが、何が転機に?
池田:子育てにフルコミットした体験がとても大きかったです。息子が生後3カ月になったゴールデンウイークの少し前、妻が仕事で半日家を空けることになり、初めて“ワンオペ”で息子の世話をしたんですね。たった半日と思っていたのですが、これが想像をはるかに超えて大変で、自分の食事もままならないほど。そのまま連休に突入し、さらに10日ほど24時間一緒にいる生活を続けたときに、「これを1人でこなすなんて無理だ! もっと子育てに関わらないとダメだ」と猛省しました。強制的に意識改革が起きました。
新型コロナの影響で当社も在宅勤務に切り替えようとしていたこともあり、僕自身も原則在宅での働き方に。息子と一緒に過ごす時間が圧倒的に増えたことで、ギュッと距離が縮まりました。
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