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子どもに、何を習わせるべきか

柴山:僕は、娘にどんな体験をさせたらいいのか、その正否さえ親は知らないと思っています。学校選びも、通わせてみないと本人に合っているかどうかは分からないし、習い事も、何が向いているのかは、やってみないと分からない。

 例えばうちの子は、はじめは友達の影響でバレエを始めて楽しく通っていたのですが、3カ月で飽きました。「じゃあほかの運動をさせればいいか」とサッカーをやらせてみたら、ボールをほかの子に取られると泣いてしまう。その後も、いろいろ試して今、続いているのは、体操とそろばんと絵画です。親が計画したら絶対にそうはならなかった、謎の組み合わせでしょう(笑)。

 つまり子どもが、何が好きで、何をやらせたら伸びるのかということを、親は知らない。正解を知らない以上、いろいろな機会を与えることが重要なんだと思います。やってみて、うまくいかなかったときには、「Let’s move on!(次に行こう)」という感じで今に至っています。その方法が正しいのかも分かりませんが。

伊佐山:私もまさに同じ考えで、僕はそれを4人分、繰り返してきた気がします。難しいのは、つい親は、自分ができなかったことを子どもに託そうとしてしまうことです。

 「オレは運動がイマイチだったから、スポーツ万能になってほしい」とか、「オレが勉強ができなかった分、子どもにはいい大学に入ってほしい」とか。でも、親ができなかったことを子どもに求めるのには無理があります。だから、柴山さんがおっしゃった論点はすごく大事なところだと思います。

 その前提で、わが家の習い事にはこだわりがあって、子どもたちには全員、団体スポーツ・個人スポーツ・音楽、という3つのジャンルの習い事をさせてきました。団体スポーツがサッカーなのか野球なのか、どの種目を選ぶのかは本人の自由。途中で種目を変えてもいい。けれど、この3つについては、高校生くらいまで続けるようにと言ってきました。

 私も妻も、学生時代に団体スポーツをやってきた経験から、いろいろなメンバーとのチームワークとか、「頑張っても補欠にしかなれない」という理不尽さとか、勉強だけでは得られない学びが団体スポーツにはあると考えています。ある意味、社会の縮図でしょう。一方で、個人スポーツは「自分の努力が結果のすべて」。トレーニングをサボったら負けるし、頑張れば勝てるかもしれないという言い訳のできない世界です。

 どちらも成長に不可欠な要素だと思うので、僕は両方やってほしい。米国では季節ごとにスポーツの種目を変えられるので、両方やりやすいという環境要因もあります。

 音楽は、単純に僕のワガママです(笑)。さっきありがちと言った、「僕はやりたかったけれど、やれなかった」という過去へのリベンジ。もちろん、無理やり続けさせることはありませんが、「サックス格好いいよ。トランペットもスマートだよ」とそそのかしています(笑)。音楽の力はすごくて、映画「ボヘミアン・ラプソディ」を家族で見たら、一番下の10歳がハマっちゃって。家に帰ってからも数えきれないほど聴いて、歌詞を暗唱しました。いつの間にかピアノも弾けるようになって、改めて、音楽の力は偉大だなと思いましたね。

 僕はビジネスには詳しいけれど、人を動かせる音楽の才能はないから、ただただ感動します。子どもがやりたいことと、親のさせたいこと。バランスが難しいですね。親である僕が我慢しないといけないな、とは思いますが(笑)。