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ほめるのではなく、「認める」

あまり怒らないということは、よくほめているのでしょうか。

西澤:ほめるというよりも、「認める」という表現が近いかもしれません。

 私の感覚では、「ほめる」のは上の人間が下の人に与える評価だと思っているので、あまり好きではないんです。そうではなくてもっとフラットに「ナイスプレーだったね」とか「きょうのベストショットはあの場面だったと思う」というように、単純に感想を伝えるだけで、十分に子どもには伝わる気がします。私が子どもだったら、父親が対等な言葉で認めてくれるほうがうれしいので。

「勉強しなさい」と言うことはありますか。

西澤:言いません。私も親から言われたことはありませんでしたし、高校に入ってからは進んで自習して学年トップクラスの成績を取っていました。

 子どもたちに対しては、勉強に限らず何でも“目的が何か”を常に考えさせるようにしています。長男はおそらく数年後に中学受験をすることになりますが、「何のために中学受験をするのか」とよく一緒に話しています。

 すべてのものごとは「どう意義づけるか」によって、意味がプラスにもマイナスにもなります。例えば忙しく働く親たちが、子どもたちから「どうしてパパは毎日、夜遅く帰ってくるの」「なぜ土曜日にお休みしないの」と聞かれると、つい言葉に詰まってしまうと思います。

 私がそう聞かれた時は「それだけたくさんの人に求められているからだよ」と答えているんです。「たくさんの人に求められたら、その分、時間もなくなるよね。時間はなくなるけれど、たくさんの人に必要とされることは幸せなことだよね。たくさんの人に必要とされるには、知識も身につけないといけないし、いい仲間を持つことも大切。一緒に努力できる仲間と挑戦することってすごくいいことだよね」。そんなふうに受験の意味にもひもづけながら話していると、子どもたちはにこにこ笑って聞いています(笑)。