前回までは、生活習慣病を防ぐため、あるいは肥満を解消・予防する柱となる「食事」について解説してきました。今回は、もう一つの大きな柱である「運動」について解説します。
運動についての解説は、食事についての解説以上に難しいところがあります。なぜなら、運動は食事以上に個人差が大きいからです。
例えば何人かで会食に行って同じコース料理を食べた場合、年齢や性別にかかわらず、全員がおおむね同じように食事を終えることが多いはずです(何かの料理を少し残す、くらいの違いはあるでしょうが)。
けれど、同じメンバーで一緒にランニングをしたらどうでしょうか。一人ひとり走れる距離や運動後の疲労度合いは大きく変わってくるはずです。中には全く走れない人もいるかもしれません。
耐えられる運動の強度、時間、頻度、有酸素運動と無酸素運動のバランス、整形外科的な問題(腰痛、膝痛、骨密度)の有無など、一人ひとりの置かれている状況は千差万別です。
運動について指導する難しさは、ここにあります。
医者にかかったとき、「もっと運動をしましょう」と言われた人はたくさんいると思いますが、じゃあ「どれぐらいの運動をどれぐらいの頻度でやる」という具体的なアドバイスまでしてもらった人は少ないはずです。
そういった詳細なプランは、その人のこれまでの運動の経歴や、今どれぐらい動けるのかという状況をきちんと確認した上でないと、組み立てようがないのです。ですので、運動を一般論としてまとめ上げることは非常に困難ですし、「そもそもそんなことはできない」と言っても過言ではありません。
しかしそうはいっても何らかの指針は必要です。
そこでここでは、「肥満の解消・予防を主眼に置いた運動」についての基本的な考え方や、陥りがちな落とし穴について解説します。心肺機能が低下している人や、整形外科的な問題を持っている人などは対象としないことを、ご了承ください。
さて、求められる運動量は、その人がどういった状況に置かれているかで決まってきます。例えば、糖尿病がある人の場合、どれぐらいの運動が必要なのでしょうか。
こんなにハードルが高い!? 糖尿病患者向けの運動ガイド
日本糖尿病学会の『糖尿病治療ガイド2018-2019』によれば、「できれば毎日、少なくとも週3~5回、強度が中等度の有酸素運動を20~60分間行い、計150分以上運動すること」とあります。これが、かなりのボリュームであることは言うまでもありません。
週末にまとめてやればよいという話でもありませんし、一般的な勤務体系の人がこれを実践することは相当ハードルが高いはずです。
糖尿病という疾患がある場合に勧められる内容なので、単なる肥満の解消・予防とは確かに話が違います。しかし、いったん糖尿病になってしまえば、ここまでのものが求められるのです。
どんな病気もそうですが、人間の体は健康状態が悪くなってきても、ギリギリまでは結構踏ん張ります。ただ、いったん堤防が決壊してしまうと、元の状態に戻るには、決壊する前に求められていた数倍の努力が必要なのです。
だからこそ、そういった状況にならないように水際で食い止めること、つまり、健康が保たれているうちから前倒しして、少しの努力を引き受けておくことが大切なのです。
運動は現在の問題を解決するためだけに行うのではなく、将来的な病気を防ぐため、さらには高齢になったときの寝たきりや筋力低下、転倒などを予防するためにも、今から準備しておくというスタンスが重要です。高齢で足腰が弱くなってきてから、いざ運動を始めようとしても、関節、筋肉、骨が負荷に追いつかない可能性が高いからです。
運動習慣が全くない人が運動を始めるのであれば、第一にオススメできるのはウオーキングです。
いきなり走りだして心臓に負担をかけるのは非常に危険ですし、膝などの関節を痛めると、運動習慣を身につける上で大きく後退することになってしまいます。ウオーキングが問題なくこなせれば、スピードを速足に変えてみて、意欲があればジョギングへ進んでもいいでしょう。
さて、このように「運動をしましょう」と説明すると、しばしば「仕事が忙しくて時間が取れない」という答えが返ってきます。
しかし、こうした運動は特にまとめてやらず、細切れでやってもいいと考えられています。例えば、10分のウオーキングを1日3回と、30分連続のウオーキングを比べたら、中性脂肪と血圧が同じぐらい改善したと報告されています(1)。また週のランニングが51分間未満、距離が6マイル(約10キロ弱)未満、回数が1~2回など、運動量が少なめであったとしても、全く運動しない群と比べて死亡リスクは低下したと報告されています(2)。
厚生労働省が策定した「アクティブガイドーー健康づくりのための身体活動指針」では、今より10分多く体を動かすことを推奨しています。
そしてそれにより、死亡のリスクが2.8%、生活習慣病の発症が3.6%、がんの発症が3.2%低下することが示唆されています(3)。
たとえ少しであっても、やっぱりやらないよりは、やった方がいいのです。
肥満になると運動したくなくなるワケ
体重についても似たようなことが報告されています。
身長170㎝の人の理想体重(BMI=22)は、1.7×1.7×22=約64kgです。170㎝、80kgの人は、64kgまで減量しないと意味がないかというと、もちろんそんなことはありません。
特定健診(いわゆるメタボ健診)・特定保健指導のデータによれば、1~3%の減量(80kgの人であれば0.8~2.4kgの減量)でも中性脂肪、悪玉コレステロール、善玉コレステロール、ヘモグロビンA1c(血糖を反映する指標)、肝機能が改善し、3~5%の減量(2.4~4.0kg)では、それに加えて血圧、尿酸なども改善したと報告されています(4)。
「やるからにはしっかりとした目標を設定してやる」という気持ちは十分わかります。しかし「それが実現できなければやらない」というオール・オア・ナッシングの考え方は、やはり不合理でしょう。
やるべきこと、考えるべきことが多い現代人の生活はさながらゲリラ戦のようなものです。完璧主義では身動きが取れなくなってしまいますので、実生活の中のスキマ時間で軽く運動し、なんとかうまく回していくしかありません。
しかし「それでもやはり運動をする気にならない」という人もいると思います。実は、それには理由があります。
肥満になると、レプチン(食欲を抑制するためのホルモン)が産生されて高値になります。そうすると、結果的に運動がもたらす脳内報酬が減弱し、自発活動が低下するメカニズムが明らかになりました(5)。
つまり、肥満になると運動をするのが億劫(おっくう)になり、それがますます肥満を助長するという負のスパイラルが発生するということです。
何となくそんな気はしていたという人も多いと思いますが、そのメカニズムが科学的に立証されたのです。
もし肥満があって、運動する気にならないとしたら、それは「怠惰」のひと言で片づけられるものでもなく、そうさせてしまうメカニズムがあり、ある意味「自然なこと」なのです。
ではそれをどう乗り越えればいいのでしょうか。次回、解説します。
崖から落ちる前に予防しよう
【参考文献】
(1)Miyashita M, et al. Accumulating short bouts of brisk walking reduces
postprandial plasma triacylglycerol concentrations and resting blood pressure in
healthy young men. Am J Clin Nutr. 2008;88:1225-31.
(2)Duck-chul Lee, et al. Leisure-Time Running Reduces All-Cause and Cardiovascular Mortality Risk J Am Coll Cardiol. 2014;64: 472–481. doi:
10.1016/j.jacc.2014.04.058
(3)Murakami H, et al. "Add 10 min for your health":the new Japanese recommendation for physical activity based on dose-response analysis. J Am Coll Cardiol 2015;65:1153-1154
(4)Muramoto A et al. Three percent weight reduction is the minimum requirement to improve health hazards in obese and overweight people in Japan. Obes Res Clin
Pract. 2014;8:e466-75. doi:10.1016/j.orcp.2013.10.003.Epub 2013 Nov 5.
(5)Leptin Suppresses the Rewarding Effects of Running via STAT3 Signaling in Dopamine Neurons.
Fernandes MF, Matthys D, Hryhorczuk C, Sharma S, Mogra S, Alquier T, Fulton
S. Cell Metab. 2015;22:741-9.
Powered by リゾーム?