「大国的態度」と「小国的態度」

 中国国内で国際政治の議論をする際、「大国姿態」「小国姿態」という言葉をよく聞く。「姿態」とは日本語で言えば「態度」とか「姿勢」に近い言葉で、つまり「大国的な姿勢」「小国的な態度」といった感じで、「ものごとを処理する際の基本的な姿勢」といったような意味である。「強国姿態」と「弱国姿態」という言い方をする場合もある。

 勢力的に圧倒的に有利な地位にある「大国」は、細かな原理原則にこだわって周辺国との関係をこじらせるより、大局に影響が及ばないと判断したことには鷹揚に構え、衝突を避けて全体的な構造そのものを維持しようとする。要するに「金持ちケンカせず」ということである。一方、力関係で劣勢にある「小国」は、原理原則や大義名分に執着し、非妥協的な姿勢を貫き通すことで自らの権益を死守し、強国による侵害を防ごうとする。

 したがって二国間の関係が、一方が「大国的対応」、もう一方が「小国的対応」であれば、大国の側は基本的に「大人の対応」で、事を荒立てずに処理しようとするので、原則論では対立しつつも事態は落ち着くところに落ち着く。尖閣諸島をめぐる問題にこの構図を当てはめてみれば、2010年に「船長逮捕事件」が起きるまでの数十年間、日本の方の対応が、おおむねこの「大国的対応」だったと言えるだろう。

 一方、当時の中国や香港、台湾などの採った行動は「小国的対応」で、「釣魚島は中国の領土だ」という原則の旗を立てて活動家が船を繰り出し、上陸を試みて「事を荒立て」ようとした。しかし日本側は原則にこだわって強硬な手段を取ることはあえてせず、むしろ事故のないように丁重に扱って相手国に送り返した。それはお互い了解のうえの儀式のような印象すらあった。

日本が「小国的対応」になった日

 ところが2010年の「船長逮捕事件」の時、日本側の取った対応は違った。突如として「原則」にこだわり出したのである。そのほぼ1年前に日本で政権交代が起きていたことも影響した。日本政府は「原則にのっとって」「粛々と」法律を執行し、中国人船長を逮捕した。「毅然とした対応」が当時の政治家の決まり文句だった。後から中国の政治に近い人から聞いた話だが、この態度豹変に中国政府もびっくりしたらしい。ここから日中関係は、一気に険悪な状態に陥る。

 中国の名門大学、清華大学当代国際関係研究院院長、閻学通氏が中国のメディアのインタビューで、当時、この件に関して興味深い分析をしている(雑誌「南風窓」2014.9.10-9.23号)。閻氏は中国共産党の意思決定にも影響力を持つといわれる、著名な国際政治学者である。

 その趣旨を、言葉を補いつつわかりやすく説明すればこうだ。当時の尖閣諸島にまつわる日中関係の対立は、双方の力関係で言えば、日本が「大国(的対応)から小国(的対応)へ」、一方の中国は逆に「小国(的対応)から大国(的対応)へ」転換する途上というタイミングで起きた。日本は対中国の国力の相対的な低下を自覚し、政治家も国民も以前のような鷹揚な態度を取る余裕を失っていた。つまり日本はこの2010年の「船長逮捕」を境に対中国で「大国的態度」から「小国的態度」に転換した――というのが同氏の見立てである。

 しかし一方の中国も、当時はGDPで日本を抜いて世界第二の経済大国になったばかりで、従来の対日「小国的対応」で原則論に固執する姿勢から抜け切れておらず、「大国」としての余裕ある対応を取るまでには至っていなかった。そこで過渡的現象として「小国心理」どうしが衝突してしまい、「原則vs原則」で正面からガチンとぶつかって動きが取れなくなってしまった――というのである。

 大雑把すぎるとの批判はあるかもしれないが、先に紹介した3人の中国人のコメントと読み比べてみると、面白い見方だと思う。

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