(写真=AFP/アフロ)
(写真=AFP/アフロ)

 金利と量の両面から米連邦準備理事会(FRB)が急速に金融を引き締め続ける中で、金融システムに「きしみ」が生じている。

 3月10日、米西部カリフォルニアを本拠地とするシリコンバレー銀行(SVB)が経営破綻に陥った。2日後、米東部ニューヨークを拠点とするシグネチャー銀行も経営破綻した。SVBはベンチャー企業の支援、シグネチャー銀行は暗号資産(仮想通貨)関連の業務が柱になっている、それぞれ業務内容が特殊な銀行。前者の破綻は米銀で過去2番目の規模である。このため、米国株は大幅に下落し、「質への投資」から米国債が急速に買い進まれて利回りが急低下する展開になった。リスク回避志向が強まる、典型的な「リスクオフ」である。

 ロイター通信が3月10日に配信した相場概況記事には、「銀行システムに明らかに亀裂が入っている。FRBが今月の会合で0.50%の利上げを決定すれば、銀行システムの何かが壊れるのではないかとの懸念が出ている。このため市場は神経質になっている」という、市場の厳しい認識を示す関係者のコメントが含まれていた。

 金融システムにすでに「亀裂」が入ってしまったのか。それとも事態はそこまで悪化していないのか。現時点ではまだ見極めがつきにくい。だが、複数の銀行の経営破綻という出来事をこのまま無視して放置するのは、あまりにも危険である。

 筆者はこの世界で30年を超える経験を有する古株なのだが、国内外で発生した過去の金融システム不安・金融危機から得られた教訓は、危機を終息に向かわせる上での要諦は何といっても「不安心理」の封じ込めだということ。仮に、事実としてある銀行の経営破綻が特殊な事例にすぎない、あるいは特定の金融機関の自己資本は現時点で十分な健全性を有しているとしても、ひとたび不安心理が燎原の野火のように広がり出すと、預金の取り付けや想定を超える株価の急落などが、一気に起こりかねない。したがって、金融システムにまつわる不安心理を、当局は迅速に摘み取る必要がある。そしてその際には、金融市場にも草の根の預金者にも、安心をしっかり根付かせるべく、過剰なまでの対応をとるのがベターである。

 米財務省・FRB・米連邦預金保険公社(FDIC)は、日曜日の3月12日午後(日本時間13日早朝)に共同声明を発表。2つの銀行の預金は預金保険の上限である25万ドルを超えて全額保護されることになった。また、FRBは「BTFP(Bank Term Funding Program)」という名称の新たな資金供給スキームを導入。米国債や住宅ローン担保証券などを、値下がりによる含み損は度外視し、額面で担保として受け入れて、1年以内の資金供給を行えるようにした。流動性の面でバックストップを用意するとともに、資金繰り難に見舞われた銀行などが流動性を確保するための保有する債券の投げ売り(いわゆる「ファイアーセール」)を行わないようにするのが狙いである。週明けに銀行などの窓口が開くより前に、上記の措置は打ち出された。迅速かつ的確な対応と言える。

 もっとも、上記の措置だけで金融面の不安心理を払しょくすることはできず、不安視されている複数の地方銀行を救うため、いくつかの手が打たれている。では、こうした金融面の不安心理増大は、FRBをはじめとする中央銀行の金融政策運営に、どのような影響を及ぼす話なのだろうか。

 そもそも論を言うと、一国の中央銀行は、実体経済(景気・物価)の動向に目配りすると同時に、金融システムの安定をしっかり確保していく責務がある。そのことを、日銀のホームページの記述を用いながら確認しておきたい。

 日銀の責務において、金融システムの安定は、どう位置付けられているだろうか。

 安倍元首相による「レジームチェンジ」で誕生した黒田東彦総裁率いる日銀が、「物価安定の目標」2%達成の必要性をことさらアピールしてきたこともあり、金融システムの安定維持という日銀の重要な責務は近年、あまり意識されてこなかったように思う。

 だが、その日銀のホームページにある「教えて!にちぎん」コーナーは、日銀の「目的」として下記の通り、「物価の安定」と「金融システムの安定」を並列で記載している。

◆「物価の安定」
日本銀行の金融政策の目的は、物価の安定を図ることにあります。物価の安定は、経済が安定的かつ持続的成長を遂げていくうえで不可欠な基盤であり、日本銀行はこれを通じて国民経済の健全な発展に貢献するという役割を担っています(日本銀行法第1条第1項、第2条)。

◆「金融システムの安定」
決済システムの円滑かつ安定的な運行の確保を通じて、金融システムの安定(信用秩序の維持)に貢献することも、日本銀行の重要な目的です(日本銀行法第1条第2項)。日本銀行は、金融機関に対する決済サービスの提供や「最後の貸し手」機能の適切な発揮等を通じて、この目的の達成に努めています。

 また、日銀のホームページには、「金融システムの安定を図るためには、個々の金融機関が抱えるリスクを把握し、経営の改善を促すといったミクロ・プルーデンスの視点だけでなく、金融システムを全体として捉えてリスクの所在を分析・評価するマクロ・プルーデンスの視点も踏まえた対応が重要」という記載がある。そして、そうした視点に立ったリスク分析・評価を行った成果を「金融システムレポート」を通じて対外的に公表しているほか、「金融政策の運営等にも活用しています」、と、日銀は説明している。

 日銀は21年3月19日の金融政策決定会合で「より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検」を実施し、結果を公表した。それをうけた日銀による政策面での対応の中に、「資産買入れ等」の関連で3番目に、以下の内容が盛り込まれた。

 「今後、『経済・物価情勢の展望』を決定する金融政策決定会合(年4回)において、金融システムの動向について、金融機構局から報告を受けることとする」

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