東欧からはほかに、セルビアのブチッチ大統領が開会式に出席した。EUへの加盟交渉を続けているこの国は、中国との関係が緊密である。昨年10月28日には王毅外相がセルビアを訪問し、ブチッチ大統領と会談。「一帯一路」の枠組みの中でインフラ分野での協力を推進していくことを、中国側は約した。
南アジアからは、パキスタンのカーン首相が顔を見せた。国境を接する中国とインドは、昨年6月にインド北部ラダックで武力衝突が発生するなど、最近では対立が激しくなっている。インド外務省は開会式前日の2月3日、政府代表を派遣しない外交ボイコットを発表した。そのインドの仇敵(きゅうてき)がパキスタンである。「敵の敵は味方」は、現実主義的な外交が展開される際、歴史上でよく見られるパターンである。インドをはさんだ中国とパキスタンの関係も、その一つの事例と言える。
経済支援を通じて中国との関係を深めつつあるアジア・アフリカの発展途上国からは、カンボジアのシハモニ国王、エジプトのシシ大統領、モンゴルのオユーンエルデネ首相の名前が、出席者リストにあった。
出席する理由が筆者にはすぐわからなかったのが、アルゼンチンのフェルナンデス大統領である。報道によると、今年はアルゼンチンと中国の国交樹立から50年という節目の年でもあることから、「中国との関係を深めるフェルナンデス氏は北京で習近平国家主席と会談し中国が提唱する巨大経済圏構想『一帯一路』への支持を表明するほか、経済協力などの覚書を交わす予定」である。
また、「アルゼンチンは現在、米州33カ国による地域機構、中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)の議長国を務めており、中国もアルゼンチンを通して中南米に影響力を広げたい意向だ」という(いずれも1月13日付 共同通信)。
一定の配慮を見せた韓国
韓国からは大統領ではなく、朴炳錫(パク・ビョンソク)国会議長が出席した。中国の栗戦書全国人民代表大会常務委員長の招待という形である。これは苦渋の選択と言える。米国が主導する外交ボイコットに従って文在寅(ムン・ジェイン)大統領の開会式への出席は見送りとしつつも、中国との国交樹立30周年という節目の年に儀典上の序列が第2位の朴氏が出向くことにより、一定の配慮を中国側に示した。
なお、米国主導の外交ボイコットに同調しない姿勢をマクロン大統領が示していたフランスも、今回の開会式への対応は立場上苦しい中での、玉虫色のものになった。24年にはパリで夏季五輪が開催される。
中国や国際オリンピック委員会(IOC)との対立は避けたいところである。とはいえ、EUの一員で現在は議長国であり、対中融和姿勢をあまり示すわけにもいかない。結局、マラシネアヌ・スポーツ担当相が北京に出向くものの、開会式には出席しないという手法がとられた。
「五輪の政治化が示した世界の分断」ということだと、筆者は古い人間なので、1980年に旧ソ連・モスクワで開催された夏季五輪を思い出してしまう。大会のマスコットは、熊のミーシャ。民放の一部が中継を行ったので、マラソンや女子体操などを観戦したものの、日本や米国などの有力選手が出場していないので、あまり盛り上がらなかった記憶がある。
モスクワ五輪を西側諸国の多くがボイコットした原因は、79年の旧ソ連によるアフガニスタン侵攻だった。
国際政治の動きが日本人の心理にも影響
これに対し、今回の北京冬季五輪では、新疆ウイグル自治区などにおける人権侵害が外交ボイコットの理由である。そしてそれを主導した米国のバイデン大統領は、旧ソ連とは全く逆に、アフガニスタンから自国の軍隊の撤収を急いだことが支持率低下につながり、苦境に立たされている。歴史の皮肉めいたものを感じざるを得ない。
なお、開幕よりも前に実施された日本国内のいくつかの世論調査では、北京冬季五輪への関心は意外に低いという結果が出ていた。
毎日新聞・社会調査研究センター(さいたま市)が1月22日に実施した世論調査には、「北京冬季オリンピックが2月に開かれます。どう思いますか」という設問があった。そして、それへの回答分布は、「楽しみだ」(17%)、「中国の人権問題やコロナの感染状況などを考えると楽しむ気持ちになれない」(60%)、「関心がない」(23%)になった。
選択肢の巧妙な設定を通じて、国際政治の動きが北京五輪に対する日本人の心理にもかなりの影響を及ぼしていることが、顕著に示されたと言えるだろう。
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