提言に実現性や即効性はあるのか

 岸田首相は10月26日、「成長と分配の好循環」実現に向けて設置された「新しい資本主義実現本部」の初会合で、「成長戦略によって生産性を向上させ、その果実を賃金の形で分配することで広く国民の所得水準を伸ばし、次の成長を実現していく『成長と分配の好循環』が重要だ」と述べた。

 首相はさらに、科学技術立国推進や経済安全保障強化などの最優先で取り組む課題について、11月上旬にも緊急提言案を取りまとめるよう指示した。だが、この課題に関する議論は「概念先行」「抽象論先行」の色彩が濃く、実現性および即効性の高い具体策があるようには、筆者には見えない。

 岸田首相は就任当初、金融所得課税の見直しに強い意欲を示していた。給与所得に課税する際の税率は所得税・個人住民税を合わせて最大55%になっており、所得が多ければ多いほど税率が高くなる累進制である。

 これに対し、金融所得への課税では、税率は一律20%になっている。このため、年間所得1億円を境にして、所得に占める金融所得の割合が高くなるほど所得税の負担率が低下する構造になっている。格差是正を図る1つのツールとして、岸田首相はそこを変えようと考えたのだろう。

 だが、「分配」重視を図る目玉政策の1つは、あっさり後退した。原因は海外投資家が先物を売り戻す中での、東証株価の大幅安である。岸田首相は10月10日、フジテレビの番組に出演。「当面は(金融所得課税に)触ることは考えていない」「すぐやるのではないかという誤解が広がっている。しっかり解消しないと関係者に余計な不安を与えてしまう」と述べて、22年度の税制改正ですぐ導入されるのではとの見方を「火消し」した。

 賃金を引き上げる企業への優遇税制拡充などにも触れつつ、「成長なくして分配はない。金融所得課税を考える前にやることはいっぱいある」とも、首相は述べた。その後、政府は10月26日の閣議で、岸田首相が金融所得課税の見直しを先送りしたことに関し、「『ぶれた姿勢に転じた』との指摘は当たらない」「賃上げ税制、下請け対策の強化など従業員の給与引き上げに向けた政策にまず取り組むべきだ」とする政府答弁書を決定した。

 税制などを通じた所得の「分配」は、成長力が格段に強化されて切り分けられる「パイ」に多大な余裕が生じることでもない限り、限られた「パイ」の奪い合いに帰結する。そして、そこでは当然のことながら、利害対立が生じる。

 金融市場を通じて海外から関与してくるプレーヤーも含めて、誰もが満足できる「分配」の落としどころは、現実的には存在しないのではないか。今後いくつかの施策が打ち出されることになるのだろうが、格差を是正する実効性、要するに金額の面で、さほど大きなものは出てこないだろうと、筆者はみている。

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3/14、4/5ウェビナー開催 「中国、技術覇権の行方」(全2回シリーズ)

 米中対立が深刻化する一方で、中国は先端技術の獲得にあくなき執念を燃やしています。日経ビジネスLIVEでは中国のEVと半導体の動向を深掘りするため、2人の専門家を講師に招いたウェビナーシリーズ「中国、技術覇権の行方」(全2回)を開催します。

 3月14日(火)19時からの第1回のテーマは、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」です。知財ランドスケープCEOの山内明氏が登壇し、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」をテーマに講演いただきます。

 4月5日(水)19時からの第2回のテーマは、「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」です。講師は英調査会社英オムディア(インフォーマインテリジェンス)でシニアコンサルティングディレクターを務める南川明氏です。

 各ウェビナーでは視聴者の皆様からの質問をお受けし、モデレーターも交えて議論を深めていきます。ぜひ、ご参加ください。

■開催日:3月14日(火)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」
■講師:知財ランドスケープCEO 山内明氏
■モデレーター:日経ビジネス記者 薬文江

■第2回開催日:4月5日(水)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」
■講師:英オムディア(インフォーマインテリジェンス)、シニアコンサルティングディレクター 南川明氏
■モデレーター:日経ビジネス上海支局長 佐伯真也

■会場:Zoomを使ったオンラインセミナー(原則ライブ配信)
■主催:日経ビジネス
■受講料:日経ビジネス電子版の有料会員のみ無料となります(いずれも事前登録制、先着順)。視聴希望でまだ有料会員でない方は、会員登録をした上で、参加をお申し込みください(月額2500円、初月無料)

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