米連邦準備理事会のジェローム・パウエル議長(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 米連邦準備理事会(FRB)による利上げ前倒し観測に結び付いてハイテク株が下落する主因になった米国のインフレ懸念、すなわちインフレ率が米国で急加速してそのまま定着してしまうのではないかという警戒感は、いったん峠を越えたように思われる。

 それをシンボリックに示したのが、盛り上がりに欠けた5月20日の米10年物インフレ連動国債(TIPS)入札の結果だった。事前に予想されたほどの買い需要の強さが見られなかったのである。10年物や5年物について通常の利付国債の利回りからインフレ連動国債の利回りを差し引いて算出される、債券市場ベースの期待インフレ率であるブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)はこの日、水準を一段切り下げた。

「インフレ到来説」3度目の正直なるか?

 結論から言うと、米国のインフレ率加速への警戒感は過剰であり、結果として杞憂(きゆう)に終わる公算が大きい。日本市場の一部で、東日本大震災発生直後や「アベノミクス」初期の円安・ドル高が急速に進展したときなどに広がった「インフレの時代到来説」と、似ている部分もある。これらは誤りだったことが後日明らかになっている。

 筆者の見るところ、インフレ警戒論の根拠として挙げられている諸点は、米国経済の状況を「スタティック(静態的)」にとらえたものが多いように思う。①「半導体不足がこのまま続けば……」、②「労働供給の制約がこのまま長期化すれば……」、③「原油など資源価格がこのまま高止まりすれば……」といった具合である。

 だが、よくいわれるように経済は生き物であり、その動きは常に「ダイナミック(動態的)」である。何らかの変化が生じた場合は、ある一時点の「スナップショット」をもとにした思考で停止することなく、時間の経過とともに経済の姿がどう変わっていくのかという「動画」をイメージする必要がある。

 これは、30年以上にわたって内外経済とマーケットのさまざまな局面を見てきた筆者が、強く実感するところでもある。上記の例について1つずつコメントしたい。

 まず、①半導体不足については、この問題への対応を各企業(さらには各国)が急いでおり、供給能力の増強につながる半導体製造装置の生産・出荷などにも明確に上積みの動きがあるので、時間が経過すれば半導体の不足感は解消するはずだというのが、答えになる。

 需要が増えて価格が上昇し、収益チャンスが到来したとみれば、関連企業はしっかり動く。例えば、日本の鉱工業生産統計で「半導体製造装置」の生産動向を見ると、季節調整済み指数は、月ごとの振れはあるものの、このところ水準をはっきりと切り上げている(図1)。

■図1:日本の鉱工業生産  「半導体製造装置」生産指数(季節調整済み)
(出所)経済産業省

 産業統計では、5月21日に日本半導体製造装置協会(SEAJ)が発表した4月の日本製半導体製造装置(輸出含む)の販売高(暫定値)は前月比プラス17.2%・前年同月比プラス35.5%という、非常に強い数字になった。

 東日本大震災が発生した際、供給制約によるインフレを唱える向きが国内にあったが、時間の経過とともに消えていった記憶はまだ新しい。大地震によってサプライチェーンが寸断されても、時間がたてば修復されていく。企業が工夫して代替調達先を見いだして生産ラインを元のように稼働させる動きも、あちこちで報じられた。

続きを読む 2/2 変化率が急速にマイナスに振れる可能性

この記事はシリーズ「上野泰也のエコノミック・ソナー」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。