米国では景気回復が最優先。会談するバイデン米大統領、ハリス副大統領、イエレン財務長官(写真:ロイター/アフロ)
英国が約50年ぶりに法人税率を引き上げると表明した。スナク財務相が3月3日に発表した21年度の予算案は、新型コロナウイルス危機への対応で雇用支援策や減税などを延長することから、政府の借入額が大きく膨らむ内容である。ただし、財政再建に向けた一歩として、23年に法人税率を現行の19%から25%に引き上げることがアナウンスされた。
ロイター通信が3月3日に報じたところによれば、「コロナ危機に際し、国民と企業を支援するため引き続き必要なことは何でも行う」としつつも、「回復が軌道に乗れば財政再建に着手する必要があり、そのための計画について率直に話をしたい。今回の予算案は将来の経済の立て直しに向けた手始めになる」と、スナク財務相は述べた。法人税率は、上記のように引き上げられた後でもG7(主要7カ国)で最も低く、最高税率が適用される企業は全体の1割程度にすぎないという。
経済の先行きは「新型コロナ次第」の面が大きく、ワクチン接種で集団免疫の獲得を目指す動きが最終的に実を結ぶかどうかは不明確である。したがって、英国が23年に法人増税を予定した通り確実に実行できるとまでは言えない。それでも、財政再建に向けて政府が動く気があることを内外に示したことには、相応の意義があるように思う。
米国はどうか。バイデン政権・民主党は1.9兆ドルという大規模な追加経済対策の成立にこぎつけた。その財源は国債発行であり、増税論議は先送りされている。
1月20日付の日経電子版によると、イエレン財務長官は就任前の1月19日に上院で行われた指名承認公聴会の中で、「目先は増税に焦点を当てていない。インフラ投資など長期戦略と一体で検討する」と述べて、景気回復を優先し、拙速な課税強化を避ける考えを強調した。
米国でも財政再建は後回し
大統領選でバイデン氏が掲げた公約は、連邦法人税の21%から28%への税率引き上げなど増税策を含んでおり、これから議会に法案が出される大規模なインフラ整備などの財源に回される見通しである。だが、まずはコロナ対応・景気回復が優先課題とされており、法人増税の具体化を含む財政再建に向けた動きは後回しである。
金融市場が将来の財政再建シナリオを信じ込む土台が、米国ではまだ不十分なので、放っておけば国債利回りが大幅に上昇してしまい、政府債務残高の対名目GDP(国内総生産)比は発散する恐れがある。したがって、事実上の財政ファイナンスを中央銀行がしっかり続けることが、米国ではマストになる。中央銀行のトップは、口が裂けても、公の場でそうしたことは言わないだろうが。
パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長は3月25日、米公共ラジオ(NPR)のインタビューで、新型コロナウイルス対応の大規模な経済対策を受けて急膨張した連邦政府の公的債務について、「金利が低いことを考えると、予見可能な将来における債務の利払いに問題はない」と発言。債務の持続可能性に向き合う必要はあるとしながらも、「今はその時ではない」と言明した。
ユーロ圏でも、新型コロナウイルス対応への巨額の支出が必要になる中で、財政規律は足元で緩んでおり、将来も完全には元に戻らない可能性が高いと、筆者はみている。
欧州委員会は3月3日に公表した指針で、名目GDP比で赤字3%以内・公的債務残高は60%以内というEU(欧州連合)の財政ルールに関し、22年も適用停止措置を継続する方向性を打ち出した。
次の23年には停止を解除すべきだというが、ジェンティローニ欧州委員(経済政策担当)が講演で「良い債務」と「悪い債務」の区分設定を示唆したり、環境やデジタル政策への支出は財政ルール上の債務とみなさない案が出てきたりするなど、「従来通りのルールに戻ると考える国は少ない」という(3月3日付日本経済新聞)。
財政規律は緩いものの、経済動向や円滑な財政運営への配慮から、長期金利は中央銀行が抑え込む。程度の差はあるにせよ、少なからぬ国で今後、これが徐々に当たり前の政策行動と化していくのではないか。
日本の状況はどうだろうか。日銀が3月19日に公表した「より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検」は、金融仲介機能に関連する副作用への目配りなどは示したものの、筆者が最大の弊害とみている財政規律弛緩(しかん)への言及は、全くなかった。
従来の主張を繰り返す黒田東彦日銀総裁
朝日新聞が3月30日の朝刊に掲載したインタビュー記事で黒田東彦総裁は、日銀による大量の国債買い入れが実質的に財政ファイナンスになっているとの指摘に関し、「国債の買い入れは2%の物価安定目標のためであり、財政ファイナンスとの指摘はあたらないと考えます」と述べ、従来と同じ主張を繰り返した。しかし、この問題をそうした形式論だけで片付けてしまうことが日本の将来にとって本当にプラスなのかという疑念を、筆者は拭えない。
財政再建や財政健全化というコンセプトが近年ではもはや「はやらない」ものになってしまっていることは、そうした単語を含んでいる新聞記事の数を検索してみると、一目瞭然である(図1)。安倍前内閣がリフレ派の主張に沿いつつ経済成長(名目GDP成長率の引き上げ)を優先する姿勢をとったことが、かなり影響していると考えられる。また、世代が入れ替わり、SNS(交流サイト)社会の下で世の中の価値観が変わってきたことも、微妙に影響しているだろう。
■図1:全国紙5紙(読売・朝日・毎日・産経・日経)に掲載された「財政再建」「財政健全化」という単語を含む記事数
注:1990年と91年はデータの制約上、産経を除いた4紙でカウントしている。92年以降は5紙。
(出所)日経テレコンから筆者作成
政府による財政運営が放漫にならないよう監視する役割を担ってきた主体は、いくつかある。しかし、その多くは現在、監視機能が低下するか、消えてしまった状態にある。
- (1)日銀による国債大規模買い入れなどから、債券市場が本来は有しているはずの、財政規律の緩みを警告する「自警団」的な機能は消滅している。
- (2)野党は、消費減税を主張する党が複数あるなど、与党以上に財政拡張路線へと傾斜している観が強い。
- (3)予算要求の査定を行うことから以前は霞が関の「主役」的な存在だった財務省は、安倍前内閣の時代に、政治への影響力を大きく落としたとみられている。
時事通信が3月29日に配信した情報によると、麻生財務相が記者会見で増税の可能性について問われた際に「今直ちに考えているわけではない」と否定的にコメントした点について、ある財務省幹部は、「今の段階で増税するともしないとも言えるはずがない」と困惑の表情を浮かべたという。
「借金増やさない方法、分かる人がいたら教えて」
そして、「今は増税よりも膨らみ続ける歳出をいかに抑えるかが先。口を開けば『金配れ』という人もいる」と述べ、衆院解散・総選挙を見据えてさらなる歳出圧力が高まることを懸念。「借金を増やさずに経済を成長させられるのが一番いいのだが、誰か分かる人がいればその方法を教えてほしいですよね」と、ぽつりと漏らしたという。何とも寂しいエピソードである。
債券市場、野党、財務省がダメということになると、最後に残るのは、「第4の権力」とも呼ばれるマスメディアである。解説記事や学者・識者らのコメント掲載などを通じて、財政放漫化の方向に流れがちな世論をけん制する役回りを、伝統的なメディアは務めてきたように思う。だが、SNS(交流サイト)社会の到来によってこのルートは明らかに弱体化しており、メッセージ発信の数はすでにグラフで示した通り、尻すぼみである。
筆者は引き続き、たとえコロナ禍が収束しても、日銀の金融政策が「財政ファイナンス」色を脱して「正常化」するのは極めて難しいだろうという、厳しい見方をしている。
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