筆者は住宅ローン金利で苦い思い出が……(写真:PIXTA)
このコラムでは内外の経済・金融市場動向や政治マターを取り上げて論じることが多いのだが、今回は趣向を大きく変えて、筆者個人がたどってきた道筋を振り返ってみたい。
といっても自分史をつづるわけではなく、「金利の世界」とどのように付き合ってきたのかを振り返るという趣向である。自慢話的な要素も失敗談も、両方ある。
1986年(昭和61年)に社会人になった筆者の最初の勤め先は、会計検査院。霞が関にある、憲法第90条に規定された中央省庁である。昼休みになると大手生命保険会社の女性営業職、いわゆる「生保レディー」が数人、新入職員を主なターゲットにして勧誘に訪れていた。筆者が配属された課の職員はだいたい大手2社のいずれかと契約しており、それら以外の社はほとんど食い込めていなかった。
近年は経済雑誌などが保険特集をしばしば組んで、タイプ別のメリット・デメリットをきれいに整理してくれているわけだが、社会に出たばかりのこの頃の筆者はあまり深く考えずに、上記のうち1社と契約した。ごく一般的なタイプの「定期付き終身保険」である。
会社を渡り歩く生保会社の女性営業職
その2年後、マーケットの世界に魅かれて都市銀行に転職したのだが、同じ保険会社の別の担当者が、カレンダーなどノベルティーグッズを持って、ちゃんと定期的にやってくる。
どういうセールストークで説得されたのかはすっかり忘れてしまったが、一度だけ生命保険契約を乗り換えた。調べてみると、銀行で為替ディーラーからマーケットエコノミストに係替えになった直後の時期の決断だった。
乗り換えた後の主契約(終身保険部分)の予定利率は5.5%。バブル崩壊後で最も高い部類の数字である。予定利率はその後、超低金利時代の到来とともに、どんどん下がっていった。むろん、筆者はどんなに勧められても、もう保険を乗り換えることはなかった。
一方、今になって振り返ってみると残念に思えてしまうのが、住宅ローンの金利である。
まずお断りしておくが、筆者はもともと、持ち家よりも賃貸の方がかなり有利だというのが持論である。大きな会社であればたいていの場合、福利厚生の一環で、賃貸住宅に住む社員に対しては家賃補助がある。そこに住んでいて、故意ではなく自然に老朽化などから設備の交換が必要になる場合には、家主がその代金を支払ってくれる。これは大きい。
これに対し、10年を超えて筆者が住んでいる分譲マンションの場合、給湯設備、トイレ、ガスコンロなど、次々と「お取り換え時期」がやってきて、ばかにならないお金が必要になる。しかも、修繕積立金を毎月コツコツ支払っており、これは段階的に増額されていく。
にもかかわらず筆者がマンションを買うことになったのは、家庭の事情である。子どもが男女それぞれ1人ずついて、大きくなるとそれぞれ自分の部屋が必要になるという理由が大きい。さらに言えば、自分の仕事部屋も欲しい。
ところが、日本では、少なくとも東京都区内では、賃貸住宅のマーケットがバランスよく発展しているわけではない。端的に言えば、小さくて狭過ぎるか、やたらと大きいか、どちらかである。後者は外国人や芸能人向きではないかと思われる。
そこで、やむなくマンションを購入することにした。ちょうど金融危機の影響で不動産市況が悪化しており、不動産会社に対して値引き要求がワークしそうな場面でもあったため、子どもの通学にあまり影響が出ないよう希望するエリアを限定しながら、年度替わりの近くで購入に動いたわけである。
値引きしてもらっても支払いはけっこうな金額になり、キャッシュで全額支払うほどの財力は筆者にはなかったので、住宅ローンを組むことにした。ローンのタイプは当然、変動金利型である。
固定金利型は、筆者の念頭には全くなかった。「デフレは終わらない」といったタイトルの本を書いたこともある筆者は、日本のデフレは構造的であり、日銀が利上げに動くことはそうそうないだろうと予想してきている(そして的中している)。
変動金利払いで転がしていく方が圧倒的に有利だという、自分の確固とした金利観に沿った判断である。「将来の金利上昇リスクがあるから固定化した方がよい」というアドバイスをするファイナンシャルプランナーも雑誌などで以前は見かけたが、足元から高めの金利を支払い始めた時点で、すでに損失が発生しているとも言える。
さて、どこからお金を借り入れるか。変動型住宅ローンの金利は、短期プライムレート(短プラ)連動である。1.475%になっている短プラよりもどこまで低いローン金利を銀行などが出してくれるか。
自分の主取引銀行に照会してみたところ、1%をわずかに上回るところまでしか、提示金利が下がらなかった。仕方がないのでマンションを買った不動産会社系列の大手銀行の住宅ローンセンターに足を運んだところ、1%割れのローン金利提示があり、事務手続き上も系列だと楽だったので、即決した。その時には少しだけ気分が高揚したものである。
どんどん下がる住宅ローン金利
しかし、である。その後、農協やネット銀行などが住宅ローン市場で積極攻勢に出たことも手伝い、変動型ローンの金利水準の実勢は、どんどん下がっていった。少なくとも0.6%台までは下がったと記憶している。調べてみたところ、条件付きではあるものの、現在では0.4%前後の金利を提示している金融機関もある。
採算割れになりかねないので、この金利ダンピング競争はそのあたりまでで「休戦」になったようだが、筆者が支払い続けている変動型ローンの金利水準は、自慢するどころか、少し恥ずかしい数字になってしまった。
話は少し変わるが、筆者は自分の保有する資産について、積極的な運用をほとんどしていない。ネットバンクを含めた銀行の定期預金がほぼ全てである。
以前は住宅宅地債券(愛称「つみたてくん」)を定期的に購入して、保有していた時期があった。旧住宅金融公庫(現在の住宅金融支援機構)が発行していた債券で、利率が預金よりもかなり有利である上に、5年間積み立てると住宅購入の際にメリットがあった。だが、すでにすべて満期償還されている。
本当は入りたくなかった確定拠出型年金
問題は、確定拠出型の年金基金である。筆者は入りたくないのだが、会社の制度だからやむを得ない。普通の人は、さまざまな投資信託を組み合わせたり、時々入れ替えたりして、それなりに運用していると思う。だが、マーケットエコノミストである筆者は、中立的な相場・金利予想をしようとする上で阻害要因になりかねないので、積極的な運用は手控える主義である。
そうなると、銀行の定期預金を選択するしかない。だが、その金利水準はご存じのように、極端に低いままである。年金基金の管理にかかる手数料の方が、預金金利よりも高いので、運用報告が手元に送られてくるたびに、損失が出ており逆ザヤであることを示す数字が並ぶ。なにもそこまで「運用しない主義」を貫く必要はないだろうと、友人から笑われることもあるのだが、その根底には実は、筆者自身の苦い経験がある。
中立予想が難しかった為替
エコノミストとしての職務経験がまだ初期段階の頃、ドルなどいくつかの通貨の外貨預金に私財を投じたことがある。海外旅行好きということもあり、外貨はもとより大好きである。所属する会社が当時入っていたビルの真向かいに大手米銀の支店が入居しており、外貨預金キャンペーンを積極的に展開していた。お昼休みに会社を出てちょっと手続きに行くのに、実に便利だった。
問題は、そうしたことで外貨のオウンポジション(自己ポジション)を持ってしまうと、人間の心理としてどうしても、自分が損をせずに得をする方向、すなわち為替の円安方向の予想をしがちになってしまう点である。後で冷静に考えてみると、材料集めの段階を含めて判断がゆがんでしまい、円安・ドル高予想にこだわり過ぎた感がぬぐえない。筆者を信頼して予想を聴いてくれていた機関投資家の一部に、迷惑を掛けてしまった恐れもある。
外貨預金で運用を続けながら、自己ポジションとは無関係にあくまで中立的な予想として円高・ドル安を提示し続けるだけのドライな「切り分け」ができる人なら、筆者のように、妙にこだわる必要はないのかもしれない。けれども、自分の予想が正しいと本当に信じているのなら、その人は外貨預金を解約するのではないかとも思う。
超低金利は「常態」と化しており、昔のようにお金を黙って銀行に置いておけばそれなりの金利収入が毎年手に入るようなことは、もはや期待しようがない。先日、中学時代の恩師から久しぶりに手紙をいただいたのだが、金利が低過ぎる中、株式などリスク資産への投資に、引き続き注力しておられる様子だった。
中立的な相場・金利予想の提示が求められるエコノミストから、1人の退職金運用者へと、筆者もいずれ立場を変えざるを得なくなるのだろう。そうなれば筆者も、何のためらいもなしに資金運用に取り組むことができる。けれども、その頃には老化して、経済やマーケットの今後を予測する能力が、すでに衰えてしまっている恐れもある。
人生のかじ取りというのは、なかなか難しい。
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