武漢で調査する世界保健機関(WHO)(写真:ロイター/アフロ)
新型コロナウイルスがもたらした前例のないタイプの危機に直面し続けている日米欧の中央銀行は、政策金利引き上げ(あるいはバランスシート縮小)といった金融引き締め措置をこの先長い期間にわたって「封印」する姿勢を鮮明にしている。
そして、そうした「超金融緩和」の長期化に伴う副作用としては、日銀の先行事例も踏まえつつ言うと、①財政規律の弛緩(しかん)~政府債務残高の累増、②資産価格のバブル膨張、以上2つが代表的なものとして指摘される。だが、米連邦準備理事会(FRB)も欧州中央銀行(ECB)も、上記①②のいずれについても、目をつぶるつもりのようである。
米国の地区連邦準備銀行総裁などからは、米政府・議会による積極的な財政出動をよしとする発言が、いくつも出てきている。カプラン・ダラス地区連銀総裁は2月1日、「積極的な財政政策と金融政策が必要だ。そうすることで最終的にはパンデミックに打ち勝てると期待している」と発言(ロイター)。
ハト派のカシュカリ・ミネアポリス地区連銀総裁は同日、コロナ禍への対応で政府の借入額が過度に膨らむリスクについて質問され、「現時点では懸念していない。戦時下の財政出動のようなものだ」「われわれには必要なことを実施する余地がある」と返答した(同)。
所得差拡大は黙認?
パウエルFRB議長は1月27日、「資産価値の状況を踏まえて金融政策を調整する可能性はないのか」との問いに、「非常に難しい問題だ。金融システムの安定には金融政策よりも(金融システム全体のリスクを把握する)マクロプルーデンス政策を活用している。資産バブルに対応するために利上げして金融を引き締め、経済活動を減速させることが良いのか。これは未解決の問いだ。理論的に除外するつもりはないが、今まで実施したこともなく、今後も実施する計画はない」と答えた(日本経済新聞ホームページから引用)。
また、デイリー・サンフランシスコ地区連銀総裁は1月29日、「株式市場で既に富を得ている人がそれ以上得られないようにするだけの目的でその橋を撤去して人々の生活に打撃を与えるつもりはない。人々は仕事や収入がなかったり、賃金が伸びていなかったりするためだ」と述べた(ブルームバーグ報道)。株価高騰を通じた所得格差拡大には目をつぶる姿勢である。
ECBのラガルド総裁は、財政政策の積極活用によるユーロ圏の景気浮揚を主張してきており、現在でもその姿勢に変わりはない。
ドイツ出身のシュナーベルECB理事はインタビューで、「われわれは依然としてインフレ率が高過ぎることよりも低過ぎることをより強く懸念している」「いつ金利を引き上げるかは当然ながら予測できないが、現在の状況で利上げすれば悲惨な結果を招くということは言える」と述べた。
世界的な株高については、クノット・オランダ中銀総裁が1月31日のインタビューで、「株価が高いのは間違いない」とした上で、「株式市場はワクチン普及と経済活動の再開を見越している可能性がある」と説明した(ロイター)。株高容認色をかなり帯びた発言である。
大規模財政出動を、中銀が国債買い入れで側面支援する。こうした事実上の財政ファイナンスは、ウイルスを敵とする「戦時下」であるがゆえに許容される。資産価格高騰がもたらし得る金融システム不安定化リスクには、プルーデンス政策で対応する。そうした共通認識の下で、米国では財務省とFRBが足並みをそろえていく。
パウエル議長は1月27日の記者会見でイエレン財務長官との協力態勢を問われ、「私はイエレン氏に対して最高の敬意と称賛の気持ちを持っている。政策運営上、良好な関係を築くことができると確信している」「どのように組織が機能しているのか互いに熟知しているので、生産的にかつ協調して仕事ができるだろう」「しばらくは『イエレン議長』と呼び間違えてしまうかもしれない」と返答していた。両者の上下関係がこれ以上ないほど浮き彫りになった発言だなと受け止めてしまったのは、おそらく筆者だけではあるまい。
そうした「金融緩和一色」とでも呼べそうなグローバルな景色の中で、違うベクトルの動きを3月に見せるのではないかと国内債券市場参加者の一部が勘繰っている対象が、日本銀行である。
日銀は昨年12月18日、「新型コロナウイルス感染症の影響により、経済・物価への下押し圧力が長期間継続すると予想される状況を踏まえ、経済を支え、2%の『物価安定の目標』を実現する観点から、より効果的で持続的な金融緩和を実施していくため点検することとした。
その際、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みは、現在まで適切に機能しており、その変更は必要ないと考えている。この枠組みのもとで、各種の施策を点検し、来年3月の金融政策決定会合をめどにその結果を公表する」とアナウンスした。
マイナス金利(マイナス0.1%)と長期金利ターゲット(ゼロ%程度)によるイールドカーブ・コントロール(YCC)という現在の異次元緩和の枠組みは変えずに、上場投資信託(ETF)買い入れや長期国債買い入れといった緩和手段に、効果や副作用、持続性の観点から見直しをかけて、この先も金融緩和が長く続くことに備えるという趣旨である。
3月の金融政策決定会合に向けて日銀内で議論が進むとみられるこの「点検」の関連で、時事通信が1月半ば、「金融政策の柱である長期金利操作の運用見直し案が日銀内に浮上」と報じた。
「ゼロ%程度」という長期金利のターゲットは堅持した上で、「実務面では(現在の変動許容幅である)プラスマイナス0.2%を上回る変動を認めることなどが俎上(そじょう)に上りそうだ」という。このニュースは、債券市場関係者から大いに注目された。
市場のロジカルではない反応
その後、1月29日に公表された金融政策決定会合(1月20~21日開催分)における主な意見の中に、今回の「2%を実現するためのより効果的で持続的な金融緩和の点検」の関連で、以下の2つの意見があった。
「金融緩和の長期化が展望される中、10年物国債金利が上下にある程度の範囲で変動することは、市場機能を通じて金融機関の運用ニーズを満たすことで金融システムの安定に資する」
「企業・家計による資金調達のうち、長期金利の影響を受けるものの割合は高くないことから、長期金利が変動しやすくなった場合でも、経済活動に与える影響は限定的であると考えられる」である。
このことにより、時事通信が報じていた10年物国債利回りの変動許容幅拡大案は、ほぼ「当確」になったと受け止められる。
だが、そのことを材料にして10年債さらには20年債の利回りが上昇したことは、ロジカルな反応ではないと筆者はみている。
実際に変動許容幅が拡大されるとしても、筆者のみるところ、そのことの持つ意味合いは、日銀による一種の「アリバイ作り」である。すなわち、緩和がこの先も長期化することを念頭に、日銀は副作用の軽減という面で、金融機関収益だけでなく債券市場機能にもきちんと目配りしていますよということを、何らかの形であえて示そうとしていると考えられる。
将来、何らかの材料(あるなしは別にして例えば米長期金利の上昇)が出てきた際に、日本のそうしたゾーンの金利が連動して上昇する余地は十分に確保済みだというポーズを取っているとも言える。
そして、そうした「形を整えておく」策である長期金利変動許容幅拡大が、新たな許容レンジの上半分における「長期金利の高め誘導」に直結する必然性は、どこにもない。時事通信は上記報道のフォロースルーで配信した1月22日の「金融観測」の中で、18年に変動幅が拡大されたときとは異なり、今回は「中長期的な視点」(日銀幹部)の点検だという点を強調。さらに、26日の「金融観測」では、「日銀内から足元でスティープ化に前傾している節はまったく感じられない」とした。
新型コロナの火、鎮火のめど立たず
また、当たり前のことだが、変動許容幅を拡大すればするほど、YCCという日銀が編み出した政策の枠組みの効果は弱まることになる。
長期金利の変動を、仮にゼロ%目標の上下0.3%を容認するということになれば、上下どちらかだけで伝統的な政策金利操作1回分である0.25%を超える幅だという話にもなる。
黒田東彦日銀総裁は1月21日の記者会見で、イールドカーブについて日銀はこれまで2つのことを言ってきたとした上で、①16 年9 月の「総括的な検証」において超長期金利の過度な低下は保険や年金などの運用利回り低下などの影響を及ぼす可能性があると指摘したこと(現在でもこうした認識は不変)、②現在は新型コロナウイルス感染症の拡大が経済に打撃を与える中で、債券市場の安定を維持し、イールドカーブ全体を低位で安定させることが大事な状況であること、以上2つの点に並列的に言及した。
仮に、日銀政策委員会の指示を受けて調節デスクが長期金利の高め誘導的なオペ運営を行うとすれば、上記②が危うくなることは明らかだろう。
以前から筆者が指摘していることだが、「日銀は金利上昇を促している」という見方が広がれば、為替市場における円高圧力を自らつくり出すことになりかねない。
「新型コロナの火が燃え広がり、鎮火するめどが立っていない」状況であるにもかかわらず、日銀は本当に「まだ燃えていない場所で火遊びを始める」のだろうか。普通に考えれば、そうした愚かな行動を日銀はとらないはずである。
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