2020年米大統領選。選挙人投票の結果を受けてジョー・バイデン氏が演説(写真:The New York Times/Redux/アフロ)
日米の要人発言を選び出して、2020年を振り返りたい。米国の著名投資家から1月という「コロナ前」のタイミングで、「現金はゴミだ」という発言がすでに出ていたことが、筆者には印象的である。
米連邦準備理事会(FRB)など先進各国の中央銀行が掲げているインフレ目標の水準が、構造変化後の経済に照らし合わせると高過ぎるが故に、超金融緩和には終わりが見えない。新型コロナウイルス感染拡大を受けて金融政策が財政政策とのリンクを強めたことにより、緩和の終わりはますます見えなくなった。「官製バブル」の様相を呈している株価の上昇は、振れを伴いつつも、2021年も続きそうである。
米中対立、ついに解消されず
【1月】
ドナルド・トランプ米大統領
「不公正な貿易から米国を保護するという選挙公約を守った」
(1月15日、ホワイトハウスで行われた米中貿易交渉「第1段階」合意の署名式で)
~ トランプ政権下の米中貿易協議における、いわゆる「部分合意」は、大統領選に向けてアピールできる成果を手にしておきたいトランプ大統領と、自国の経済状況が相当苦しい中で米国との「貿易戦争」を休戦状態にして一息つきたい中国指導部というそれぞれの都合から、一時的に手を結んだものにすぎず、次世代ハイテク分野の覇権争いといった本質的な両国の対立関係を解消するものでは全くなかった。上記の合意成立後も大部分の中国製品に対して25%の関税を維持することについて、「(解除すれば)交渉カードをなくしてしまうからだ」と、トランプ大統領は明言した。
【1月②】
米著名投資家レイ・ダリオ氏
「現金はゴミだ(Cash is trash.)」
(1月21日、CNBCのインタビュー番組で)
~ 世界最大級のヘッジファンドの創業者は上記の発言で、株式への投資を強く推奨。少なくとも今年中は米景気の著しい悪化はなく、強い相場に乗り遅れるべきではないと主張した(日経QUICKニュース)。その後、新型コロナウイルス感染拡大を受けて、株価はいったん急落した後、グローバルな金融緩和の強化を背景に急反発するという、振れの大きな値動きになった。
さらに、中央銀行がバブル的な株高にエネルギーを供給し、その高騰を容認しているという安心感が広がる中、年末近くにはダウ工業株30種平均が初の3万ドル台に乗せるなど、米国の主要株価指数は史上最高値を何度も更新した。こうした一種の「官製バブル」は、相場の大きな振れを伴いつつも、来年も続きそうである。
【2月】
黒田東彦日銀総裁
「世界経済、日本経済として今年全体の成長率が昨年より非常に大きく落ちる可能性は少ないと思うが、(感染拡大の)ピークアウトがいつになるかが一番大きな不確実性だと思う」
(産経新聞2月18日付朝刊に詳細が掲載された単独インタビュー)
~ 新型コロナウイルスの感染拡大がいつ峠を越えるかは不確実だとしながらも、SARS(重症急性呼吸器症候群)のときは半年ぐらいで「終結宣言」まで行ったと黒田総裁は述べ、中国の生産活動が4月以降は挽回する可能性に期待感を示した。
その後、強権的な手法を用いながらこのウイルスの制御にとりあえず成功した中国の経済は、日米欧に先んじて、ある程度まで回復した。だが世界経済全体には、非常に大きな苦難が待ち受けていた。
【3月】
パウエル米FRB議長
「新型コロナウイルスの感染拡大による影響の大きさや、どのぐらいの期間続くのか判断するのは非常に困難だ。無論、ウイルス感染がどの程度広がるかに左右されるが、それは極めて先行き不透明で、実際のところ、知ることはできない」
(3月15日、ゼロ金利復帰などを決定した米連邦公開市場委員会[FOMC]後の記者会見。ロイター報道)
~ 新型コロナウイルス感染拡大は、従来なかった新しいタイプの危機であることが、上記の発言から改めて確認された。先行き見通しに大きな不確実性が漂う状態は、年末になっても変わらなかった。
【4月】
ニール・カシュカリ米ミネアポリス連銀総裁
「治療薬あるいはワクチンが入手できるようになるまで、(新型コロナウイルス)感染の再燃と対策強化を繰り返すことになるかもしれない」
(4月12日、米CBSの番組で)
~ 新型コロナウイルスに効く治療薬が向こう数カ月で市場に出回るようにならない限り、米経済が早期に回復するとの予想は過度に楽観的だと、カシュカリ総裁は指摘。「世界の状況を観察している。経済活動のコントロールを緩めるのに伴い、ウイルス感染は急に再拡大する」とも述べつつ、米国の経済には今後18カ月にわたり「波」が繰り返し押し寄せる可能性があると指摘した。
その後、4月20日にはアンソニー・ファウチ米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)所長が、「ウイルスを制御可能な状況にしない限り、本当の意味での経済的回復は実現しない」「早計な行動で感染が急増する事態を招けば、状況は後退する」と述べて、トランプ大統領が当時模索していた感染拡大阻止策解除に強く反対した。
【5月】
安倍晋三首相(当時)
「このウイルスの特徴を踏まえ、正しく恐れながら、日常の生活を取り戻していく。専門家の皆さんが策定した新しい生活様式は、その指針となるものです」
(5月4日、緊急事態宣言延長決定の際の記者会見)
~ 新型コロナウイルスとの闘いが長期戦になっていく中で、政府は「新しい生活様式」というコンセプトを打ち出した。「もう一度申し上げますと、外出それ自体は全く悪いわけではないということであります」「3つの密を避けることを大前提に、新たな日常を国民の皆さんと共につくり上げていく。5月はその出口に向かって真っすぐに進んでいく1カ月です」「同時に、次なる流行のおそれにもしっかり備えていきます。その守りを固めるための1カ月でもあります」といった発言も、首相からはあった。
【6月】
麻生太郎財務相
「(消費税について)いま引き下げることは考えていない」
(6月2日、参院財政金融委員会)
~ 野党だけでなく自民党内にもある消費税率引き下げ(消費減税)による景気刺激の主張に対して麻生財務相は、政治家らしく「いま」と限定しつつも、考えていないと発言。「公正公平という意味において、分かちあうという観点から、社会保障の財源として消費税を位置付けている」「全体でこの社会保障を支えていくという制度へ大きく転換していくためには、どうしても消費税は必要なものだと思っている」と説明した。毎日新聞が12月12日に「しぼむ消費減税論 菅首相、一貫して否定 自民推進派『主張できる状況にない』」と題して報じたところによると、菅義偉首相や加藤勝信官房長官のスタンスゆえに、自民党内の消費減税論は足元でしぼんでいるという。
国際協調による物価水準引き下げを明確に否定
【7月】
黒田日銀総裁
「私は全くそういうふうに考えていません。目標も適切ですし、手段も適切であると思っていますが、様々な事情、状況によってこういう事態が続いています。ちなみに、多くの先進国でも2%の目標を維持していますが、達成されていない状況が長らく続いているということは事実です」「(海外の中央銀行とともに見直すということを検討する可能性は)全くありません」
(7月15日、金融政策決定会合終了後の記者会見)
~ 「物価安定の目標」である2%の達成を日銀は目指してきたものの、10年たっても達成できないのは目標が間違っていたからだとの仮説が成り立つとして、もっと現実的な目標に見直す考えはあるか、国際協調で2%の物価目標を引き下げようという考えはあるかとの質問が、記者会見で投げかけられた。
これに対し黒田総裁は、上記のように冷淡に返答した。達成できない目標を掲げたまま、それを目指して金融緩和を続けるのならば、その金融緩和は事実上「エンドレス」である。日銀だけでなくFRBや欧州中央銀行(ECB)も、経済の構造変化を受けてすでに時代遅れになってしまった感が強い2%のインフレ目標や2%弱の物価安定の定義に、こだわり続けている。
その根底には、目標の変更で中央銀行の信認が失われてしまうことへの警戒感に加えて、目標水準を引き下げた国の通貨は減価しにくい通貨だとみなされて買い進められるリスクがあるとの考えがあるようだ(黒田総裁は財務官経験者でもあることから、円高への警戒心がかなり強いように見受けられる)。
そうした為替面での不利な状況を招くことなく目標を引き下げるには、国際協調による目標水準の一斉引き下げが一つのアイデアになるわけだが、黒田総裁はこのアイデアを明確に否定した。
【8月】
トーマス・バーキン米リッチモンド地区連銀総裁
「体重が15ポンド(約6.8キロ)減った」
(8月11日、オンラインでの質疑応答で)
~ 新型コロナウイルス対策で在宅勤務になり、外食が減って体重が減ったと、バーキン総裁は明らかにした。約5カ月の生活変化でメリットがあったという。日本では緊急事態宣言が出されていた頃、外出自粛に伴う「コロナ太り」が話題になっていたが、バーキン総裁のパターンは逆である。
【9月】
ジョー・バイデン米民主党大統領候補(当時)
「いいかげんに黙ってくれないか」
(9月29日、米大統領選候補者による第1回討論会)
~ バイデン候補の発言を、トランプ大統領は不規則に何度も遮った。そうした中でバイデン候補からも、上記の激しいセリフが飛び出した。「常に口をへの字に結び、バイデン氏や司会者を向いて発言するトランプ氏に対し、バイデン氏はカメラに視線を向け、視聴者に話しかけるスタイルを取った」「トランプ氏が幾度となくバイデン氏や司会者の発言を遮り、司会者にいさめられる場面も。
余裕を見せようとしたバイデン氏も時折トランプ氏へのいら立ちを隠しきれず、『米史上最悪の大統領だ』とののしった」(9月30日、時事)。バイデン候補は討論会の最後の方は年齢的・体力的にきつかった印象だが、事前に入念に準備していたようであり、目立った失点がなかった。一方、即興的な発言が頼りのトランプ大統領は見せ場をつくることができず、焦りの色を隠せなかった。なお、大統領はこの討論会で、「何万もの票が操作されている限り、賛成できない。選挙結果の確定に数カ月かかるかもしれない」(同)と述べて、選挙結果を受け入れるかどうかで言質を与えなかった。その後の経緯はご存じの通りである。
【10月】
二階俊博自民党幹事長
「(政権発足時は)ご祝儀相場というか、新鮮な気持ちで受け止める。だんだんと平常心に戻ってくる」「(現状は)特別のことではない」
(10月20日、記者会見)
~ マスコミ各社の世論調査で菅内閣の支持率が下がったことについて、二階幹事長は上記のように述べて平静を装った。菅首相は、自らの政権誕生に向けた流れをつくった恩に報いるかのように、閣僚・党役員人事で二階派を重用しており、二階派は「事実上の総裁派閥」とみられている(10月7日付毎日新聞)。
米国の「分断」を修復しようとする作業も難航必至
【11月】
世耕弘成自民党参院幹事長
「かなりの規模感とインパクトが必要で、ちゅうちょすれば企業倒産や失業率の上昇が起こりかねない。30兆円がボトムラインで、30兆円から40兆円ぐらいは必要だ。国土強じん化など、やるべきことはいくらでもある」
(11月17日、記者会見)
~ 前日に発表された7~9月期の国内総生産(GDP)1次速報について世耕氏は、「4月から6月の時点から回復しているのは当たり前で、まだ新型コロナウイルスの感染拡大前の状況には戻っていない。去年の同じ時期に比べて30兆円を超える減少だ」と指摘。その上で2020年度第3次補正予算案について上記のように述べた。3次補正で必要な規模として与党幹部が言及する金額は、上記の発言通りに膨らみ続けた。市場では、「バナナのたたき売りのようだ」という、冷めた声が聞かれた。
【12月】
バイデン米次期大統領
「明確な勝利だ」「私はすべてのアメリカ人にとっての大統領になる。私に投票しなかった人たちのためにも、投票した人たちのためと同じように全力で働く。今こそページをめくる時だ。結束し、傷を癒やす時だ」
(12月14日、地元デラウェア州で演説)
~ 11月の大統領選挙で選ばれた選挙人による投票が12月14日にあった。当選に必要な過半数の票を正式に獲得したバイデン氏は、上記のように述べつつ、就任後は新型コロナウイルス対策に全力を挙げる考えを強調した。だが、このウイルスとの闘いはそう簡単には終わりそうにない。米国の「分断」を修復しようとする作業も、難航必至である。
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