お金が増えるのはうれしいが……(写真:PIXTA)
菅義偉首相は11月10日の閣議で、追加経済対策の策定と、その裏付けとなる2020年度第3次補正予算案の編成を行うよう、関係閣僚に指示した。21年度当初予算案と一体的な「15カ月予算」として打ち出すことにより、財政面からの切れ目のない景気下支えを図る。
3次補正の金額的な規模感については、与党幹部の発言内容などから「10~15兆円」規模だろうと市場ではみられていた。ところが、最近では15兆円を上回る規模の補正を求める声が出てきている。
共同通信によると、公明党の竹内譲政調会長は11月4日の記者会見で、「日本の国内総生産(GDP)が25兆円から30兆円落ち込む可能性がある。(10兆~15兆円では)足りないケースもあり得る」「景気浮揚を図るためにはもう一段の対策が必要だ。10兆円から15兆円はボトムラインではないか」と強調。3次補正の規模を15兆円超に積み増すケースもあるとした。また、これとは別に、50年までに温暖化ガスの排出量を実質ゼロにするとの目標達成に向け、15兆円規模の基金が必要との認識も示した。
毎日新聞は11月6日付の朝刊に、「補正15兆円超えか」と題した記事を掲載した。それによると、3次補正編成の方針原案が5日に判明。「新型コロナウイルスの感染拡大防止、ポストコロナに向けた経済構造の転換、防災減災・国土強靱(きょうじん)化を3本柱に、首相が重要政策に据えるデジタル化や脱炭素関連予算も計上する」「『守りから攻め』(与党幹部)を意識した大規模補正になる見通しで、与党幹部によると、予算総額は自民、公明両党幹部が求める『10兆~15兆円』を上回る可能性が出てきた」という。
市場で話題になったのは、自民党の世耕弘成参院幹事長が11月6日の記者会見で3次補正について、「個人的には10兆、15兆どころか、30兆円ぐらいの規模があってもいい」「1次補正、2次補正が止血措置のような形で効き、日本経済の基盤が壊れずにここまではこれた」「ここからは止血措置ではなく、景気対策や失業対策の観点でいけば、相当な金額の真水(国と地方の直接の歳出)がいる」「国債を増発して対応するしかない。財源を気にして経済の基盤を壊したら、コロナ禍の収束後に経済が立ち直れない状況になる」とした(発言内容は産経新聞の電子版による)。
さらに、複数の首相ブレーンが「真水」20兆~30兆円を主張したとの報道が出てきている(11月11日付日本経済新聞朝刊)。参院の存在感を示す狙いもあるとも受け止められた世耕氏の発言だけでなく、首相官邸にも3次補正の規模を大きくしようという動きがあることに、債券市場関係者は注目した。
ばらまきにまひする世間
遅くとも21年秋までに衆院選を控えていることから、政権の実績作りにもなる補正予算の規模は、政治的に膨らみやすい。自民党の二階俊博幹事長は11月9日の記者会見で、3次補正の規模は「首相自身が決める」と述べた。与党の人間がいろいろ言うけれども、3次補正の規模を最終的に判断するのは菅首相だということである。
強まる一方の歳出膨張圧力に嘆息する向きもある。財務省関係者は「20年度に尋常ではない額(2度の補正後で160.3兆円)を計上したことで、世間の『ばらまき』に対する感覚がまひしつつある」と述べた(11月5日配信時事通信〔財金レーダー〕)。
筆者も同じ感想を抱く。日銀が大規模な長期国債買い入れを伴う長期金利のコントロールをしており、「マネタイゼーション(中央銀行による国債引き受け)」に近い状態が続いている。これにより債券市場の機能が低下しており、財政規律の弛緩(しかん)が進んでも、市場からは警告シグナルが出されなくなっている。国債発行を大幅に増やし続けても、長期金利上昇という警鐘が鳴らないため、規律がどんどん緩む構図である。
話を戻すと、上記の流れから考えて、3次補正の歳出規模は、少なくとも15兆円を数兆円は上回る可能性が高く、政府系金融機関による融資枠追加など「真水」以外の部分を含んでいる追加経済対策の「事業規模」は30兆円には達するというのが、現時点での筆者の見立てである。
21年度当初予算の規模が膨らみ過ぎるのを避けるため、20年度の3次補正に歳出を前倒し的に計上する動きも想定される。国土強靱化や、公明党の竹内氏が言及した温暖化対策基金のような、何か大きな案件が入ってくれば、3次補正が「真水」で30兆円前後になる可能性も否定はできない。
そうした中、口に出す人はあまり多くないものの、実際にはかなりの人が関心を抱いているのが、2度目の一律現金給付があるかどうかである。街中で先日、歩いていた若い男性が連れの女性に「また現金給付やってくれないかなあ」と話すのを耳にした。そのお金は「天から降ってくる」わけではなく国の借金にすぎないという思考は、どこにもないのだろう。
日銀から11月11日に、10月のマネーストックが発表された。M2は前年同月比プラス9.0%で、前月から伸び率は変わらず、連続加速記録は9カ月で止まった。M3は同プラス7.5%で伸びはわずかに加速したものの、広義流動性は同プラス5.4%で伸び率は鈍化した。
前日に発表された貸出・預金動向で示されていた通り、新型コロナウイルスによりもたらされた状況の急変をうけてにわかに盛り上がった企業の予備的な(不測の事態に備えた守りの)資金需要は、すでに峠を越えた。大企業では過剰な部分を返済する動きもあるという。
マネーストックの時系列データでは1カ月遅れで、一般法人と個人について、預金通貨(普通預金・通常貯金や当座預金など)、準通貨(定期預金など)の残高が明らかになる。一般法人の預金通貨について季節的な増減パターン以外の部分を見てとるために前年同月差をとると、9月の数字は8月から微減となった(図1)。
■図1:マネーストック「預金通貨」(一般法人) 前年同月差
(出所)日銀
一方、個人の預金通貨についてやはり前年同月差をとると、春から夏にかけて残高が急増したことがわかる(図2)。
■図2:マネーストック「預金通貨」(個人) 前年同月差
(出所)日銀
その大きな原因の1つは、景気下支えのため政府が実施した一律10万円の現金給付だろう。また、緊急事態宣言が出されるなどする中で、消費性向が低下(貯蓄率が上昇)したことも見逃せない。いずれにせよ、家計の預金口座に(「コロナ前」のスタンダードからすれば)イレギュラーにお金が積み上がった状態になっていることは間違いあるまい。
「お金に色はない」ので、政府が一律に現金給付した部分がそのまま積み上がっているとまでは考えにくいものの、仮に追加で現金給付を実施しようと政府が考える場合は、支給するターゲットを絞って、本当に困っている世帯にのみ支給するというのが、妥当な判断であるように思われる。
これまでのところ、現金給付については、話はそうした給付対象を絞り込む方向に動いているように見受けられる。
次回の現金給付は低所得世帯に?
自民党の下村博文政調会長は10月30日にBSフジの番組に出演した際、「今後本当に必要な方々への給付を考えようということになっている」と述べて、次の経済対策では一律に現金を給付するのではなく、低所得世帯に限定した新たな現金給付を検討することを明らかにした。
上記より前に、麻生太郎財務相は10月24日に福岡市で開いた政治資金パーティーで、一律10万円の現金給付について、「(個人の)現金がなくなって大変だということで実施した。当然、貯金は減ると思ったらとんでもない。その分だけ貯金は増えた」「お金に困っている方の数は少ない。ゼロではないですよ。困っておられる方もいらっしゃる。だが、現実問題として、預金、貯金は増えた」と述べて、それによる景気刺激効果に懐疑的な見方を示した。
財務省が四半期ごとに発表している「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」で、20年9月末時点の国債及び借入金現在高、いわゆる「国の借金」は、1189兆9160億円になった。6月末から30兆8871億円も増加した。
ちなみに、10万円一律現金給付にかかるとして1次補正に計上された額は12兆8803億円である。「攻め」の3次補正の規模が膨らめば、国の借金の残高もそれに応じて、ハイペースで増えていくことになる。
本当にそれでいいのか。緊急性がありどうしても必要な歳出だけに絞り込む方が望ましいのではないか。最近では与党よりも野党の方の財政規律が緩んでいるように見えるだけに、国会でそうした点がどこまで議論されるかはわからないものの、一人一人が冷静に考えておくべきことだろう。
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