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菅内閣が発足。マーケットの見方は?(写真:アフロ)

 安倍晋三氏から菅義偉氏へと内閣総理大臣ポストがバトンタッチされた。安倍政権末期にはすでに「もう菅政権になってるよ」という声が官邸内で聞かれていたという(8月1日付 毎日新聞)。また、自民党内の実力者である二階俊博幹事長と菅官房長官(当時)がエールの交換のようにお互いをたたえる発言をしていた。

 その後の展開を待つまでもなく、「ポスト安倍」は菅氏が最有力であることは火を見るよりも明らかだった。なお、3人の争いになった自民党総裁選挙ではむしろ、第2位に誰がなるかが関心事だった。

 岸田文雄政調会長(当時)にとっては、「次」を目指す上でも、さらには派閥のトップとしての求心力維持のためにも、第3位になることは許されない選挙だったと言える。無事に第2位になったときの満面の笑みは実に印象的だった。他の派閥からも一定数の国会議員票が入ったおかげである。

 菅氏は安倍前政権では「大番頭」として実務を長く取り仕切ってきたので、「アベノミクス」の継承を打ち出すのは当然のことである。したがって、経済政策の大転換のようなことは、もとより想定範囲外である。デジタル庁創設や携帯電話料金引き下げといった「個別テーマ」で目に見える実績を早期に上げようとするのが、菅内閣の基本姿勢と言える。

次第に曖昧になったアベノミクス

 そもそも論を言うと、菅内閣が継承するとしている、アベノミクスへの明確な「対抗軸」になるような経済政策を示すのは、非常に難しい話だ。アベノミクスの性格・特徴は、金融緩和+財政拡張+成長戦略の「3本の矢」をキャッチフレーズにしていた初期段階では、それなりに明確だった。だが、時間の経過とともにその性格は曖昧になり、政策論争における存在感も薄れていった。

 2015年9月の安倍首相(当時)は「新3本の矢」を提示して、「分配重視」の経済政策で支持率の回復を狙うことになった。この段階で、野党の多くが前面に出しがちな分配重視路線との距離は、かなり縮まったと言える。

 さらに、いわゆる「官製春闘」において、政府は企業経営者の側ではなく労働組合の側に立って、ベアを含む賃上げを毎年促した。リフレ派が重視する物価上昇率2%の早期達成について安倍首相(当時)が言及しなくなり、アベノミクスの成果としては有効求人倍率などで示される雇用情勢改善を誇るようになったことも、市場の内外で注目された。

 また、アベノミクスは経済成長と財政健全化の両立を看板としているが、実態としては、新型コロナウイルスによる危機発生もあって、財政健全化は棚上げ状態である。

 新聞記事検索ツールを用いて、全国紙5紙(日経・読売・朝日・毎日・産経)を対象にしてアベノミクスという単語を含む記事の数を調べてみると、「竜頭蛇尾」的な形状になる。与野党間で政策論争がある程度高まる参議院議員選挙が行われた19年7月を過ぎた後には、50件未満にとどまる月が多くなった(図)。「アベノミクス」という概念自体が曖昧になるとともに、世の中の関心事から徐々にフェードアウトしてきたことがうかがえる。

日経テレコン21
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