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旅行には行きたいが

 新型コロナウイルスについては、米バイオ薬品大手モデルナによるワクチンの開発が順調に進んでいるとの報が流れてナスダック総合指数が上昇するなど、今後に希望を抱かせる動きも見られている。

 だが、筆者はこの問題について、依然として慎重な(端的に言えば悲観的な)見方をとっている。「有効なワクチンが開発され、迅速に増産が進んでグローバルに普及するならば、コロナの危機は収束する」。この見方を筆者は基本線として維持し続けているのだが、話はそう単純なものではない可能性が、徐々に大きくなっている。

集団免疫は難しい?

 スペイン保健省は7月6日、スペイン人約7万人を対象にした、3カ月にわたる3回の新型コロナウイルス抗体検査の結果を発表した。1回目の検査で陽性だった被験者の14%が、3回目の検査では陰性だったという。このウイルスに感染した後に体内で作られた抗体が短期間で減少してしまうことを、この結果は示している。そうであれば、予防接種実施によって「集団免疫」状態を作り出してそれを維持していくのは難しいという話になる。

 米国ではいまや超有名人になったこの問題の専門家、国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長は同日、新型コロナウイルスのワクチンがいずれ開発されて、少なくとも一定期間は予防効果をもたらす可能性があるものの、はしかワクチンのように恒久的な免疫が得られるとは限らないとの認識を示した。

 月刊誌「文藝春秋」8月号は特集「第二波に備えよ」の中で、京都大学高等研究院副院長・特別教授の本庶佑氏(ノーベル医学生理学賞受賞者)による「東京五輪までに『ワクチン』はできない」を掲載した。同氏はその中で「日本の政治家や行政を見る限り、生命科学や医学に対する過大な期待と理解不足があるような気がしてならないのです」「冷静な判断をせず、着実な準備もしないまま、『来年には感染は落ち着くだろう』という希望的な観測を聞くにつけ、私は不安を感じざるを得ないのです」とした上で、予防に関してはワクチンへの過度な期待は禁物だと主張した。「新型コロナも、変異のスピードが非常に速い」「ワクチンが完成しても、開発当初とは異なる遺伝子のウイルスがまん延しているかもしれない。そうなると、一部のウイルスにしか効かないことも十分にあり得ます」とした上で、ワクチン開発よりも「治療薬」のほうに期待すべきだという見解を明らかにした。

 また、ワクチンには副作用がつきものである。そうした点をチェックした上で実用化されたワクチンであっても、予防接種をしたことにより体調が悪化する人は出てくる。米製薬大手メルクのケネス・フレーザー最高経営責任者(CEO)は7月13日に公表されたハーバード経営大学院のインタビューで、「数十億人にワクチンを使おうとするなら、ワクチンがどんなものかもっと知るべきだ」と述べて、開発された新しいワクチンを多くの人々に急速に投与しようとすることに警鐘を鳴らした。同氏は、以前に開発されたワクチンのいくつかは免疫特性の面で不完全さがあり、ウイルスを防ぐどころか細胞への侵入を手助けしてしまったと説明した上で、「我々は非常に慎重であるべきだ」と付け加えた。

 筆者はマーケットエコノミストという職業柄、早朝から内外のさまざまな情報をチェックしているのだが、感染もしくは予防接種で得られたはずの新型コロナウイルスの抗体の何割かがわずか数カ月で消えてしまうという事実を、主要メディアが相次いで取り上げている。

 ロイター通信は7月15日、「〔焦点〕新型コロナの免疫『消滅』、ワクチン開発ハードル上がる」と題した記事を配信した。それによると、「中国やドイツ、英国など各地の暫定的な研究結果からは、新型コロナに感染した人には抗体が作られるものの、わずか数カ月で消滅する様子が見受けられる」「英リーズ大学のスティーブン・グリフィン准教授(医学)は『(パンデミック抑制で)1つのワクチンに依存し過ぎるのは賢明ではないという意味だ』と指摘。

 ワクチンに本当の効果を持たせるには『より強力化して免疫力を長引かせるか、定期的に接種する必要があるのではないか』と述べた上で、どちらも決して簡単ではないと警告した」「リーズ大学のグリフィン氏は有効性が期待できる1つのやり方として、有効なワクチンが開発された際には『ブースター効果』を狙う接種を当局が考えるべきだとも指摘した。何百万人もの人に一定の間隔を置いて複数回投与するか、最適な免疫機能を引き出すために1人ごとに2種類もしくはそれ以上の混合ワクチンを接種することだ」という。とにかく注射が嫌いな人にとっては苦難に思えてしまう話かもしれない。

免疫がつかない可能性

 英経済紙フィナンシャル・タイムズは7月17日、「弱まる免疫がワクチンを巡る疑念を増大させている(Weakening immunity raises doubts over vaccines)」と題した記事を掲載した。ロンドンのキングス・カレッジによる研究結果は、新型コロナウイルス感染症から回復した患者の体内の抗体が感染後数カ月のうちに著しく減少したことを示しており、ワクチンが出来上がった場合の有効期間について重大な問題を提起しているという。MERS(中東呼吸器症候群)の場合は少なくとも2年間は抗体による免疫状態が持続したが、今回のウイルスは性質が違うとのことである。

 日本経済新聞は7月19日、「免疫持続 数カ月どまり コロナ感染者 研究報告相次ぐ」と題した記事を掲載した。「新型コロナウイルスに一度感染して増強された免疫の能力が、数カ月で落ちるという研究報告が相次ぐ。免疫を持つ人に証明書を発行するという考え方もあるが、実現は難しい。様々な検査を適時受けられるように体制を整え、感染を広めにくい人を示せるようにして、経済活動と感染症対策の両立を目指す必要がある」とした。

 「感染症に国境はない」。したがって、ある1つの国の中で新型コロナウイルス感染拡大が止まったとしても、国境を越えて外からウイルスが流入して感染第2波、第3波が発生するリスクは常につきまとう。

 そこで、有効なワクチンが開発されて、医療体制の整備があまり進んでいない発展途上国でも広範に予防接種が施され、グローバルにこのウイルスをしっかり押さえ込んでいく必要がある。ところが、上記の通り、1度だけの予防接種で区切りがつく話ではなくなってきている。複数回、波状的な予防接種をグローバルに実施するとなれば、それを実際に進めていく上でのハードルは、ますます高くなる。

 そうしたやっかいな、由来や性質など分からない部分がいまだに多い「敵」との闘いは、必然的に長引くことになる。長期戦、さらには持久戦の様相である。人々の不安心理はなかなか解消されず、経済活動への下押し圧力は容易には消え去らないだろう。

 米国では西部と南部を中心に新型コロナウイルス感染者の増加が加速しており、消費者全体のマインドを冷やしつつある。

 ややマイナーだが、全米の消費者のマインドの変化をかなり早いタイミングで示す月次指標であるIBD/TIPP景気楽観度指数の7月分が、同月の7日に発表された。結果は2カ月連続で低下して44.0になるという、厳しいものだった(図1)。

■図1:米IBD/TIPP景気楽観度指数
(出所)米インベスターズ・ビジネス・ デイリー、テクノメトリカ・マーケット・インテリジェンス

 その後、よりメジャーな指標であるミシガン大学消費者センチメント指数の7月速報値が、17日に発表された。結果は73.2(前月比マイナス4.9ポイント)で、3カ月ぶりの低下。調査担当者は、「消費者は、経済への打撃拡大や社会的混乱の増大、そして多くの家計が克服できないような傷痕が残ることすら予想しているのだと思う」とコメントした。

 「先行きの動向がさっぱり見えてこない」「自信を持って計画を立てられない」「不安心理が解消されない」ことは、家計や企業の行動を制約し、経済活動のレベルが「コロナ前」まで元に戻るのを妨げ続ける可能性が高い。

 したがって、日米欧いずれでもきわめて低い政策金利は長引く可能性が高く、膨張した中央銀行のバランスシートゆえに金融市場の「カネあまり」意識も長く続いていくだろう。

Go To トラベルは大丈夫か

 最後に、新型コロナウイルス感染拡大を防ぐための「ブレーキ」と、所得補てんのための財政出動や経済活動の再開といった「アクセル」の両にらみが必要で、いわば「だましだまし」の政策運営を各国の当局が強いられる中、日本でSNS(交流サイト)上も含めて論議が起こった旅行需要喚起策、7月22日開始の「Go To トラベル」キャンペーンについて、少しだけ触れておきたい。

 新型コロナウイルス感染者数がこのところ増加している東京都が4段階の警戒度を7月15日に最高レベルに引き上げて、小池知事が都外への不要不急の移動を控えるよう求めている中で、全国一律にこのキャンペーンを開始することには、やはり疑問があった。東京発着が土壇場でキャンペーン対象から除外されたのは、至極当然の措置だろう。

 自民党の幹部には、当初案通りに進めば「『Go To トラブル』と言われる」とこぼす人もいたという(7月16日付共同通信)。なお、このキャンペーンの名称である「Go To トラベル」は英語として文法上間違っているのではないかとSNS上などで指摘されている。“go travelling”や“go on a trip”が、普通の英語表現である。