ところが、筆者が社会人になった80年代後半あたりからは、日本の企業社会で「飲みニケーション」が前向きに捉えられ、上司が部下に対して用いるべき手法として、会社の研修教材などにも登場した。

 勤務時間中(オン)に部下の業務上のミスを叱った後で、勤務時間終了後(オフ)に飲食を共にしながら、上司が若い頃の自分の失敗談などを交えつつ、激励やアドバイスなどをして良好な上下関係を維持するというパターンの社内研修ビデオを、筆者も見た記憶がある。社員食堂など会社内の施設で夕方からアルコール飲料を社員向けに安価で販売して「飲みニケーション」の場を提供するのがはやったのも、80年代後半だった。

 だが、平成バブルが崩壊して日本経済が下り坂になり、同時に日本独自の経済社会システムがもはや時代遅れであることが浮き彫りになると、「飲みニケーション」も退潮にならざるを得なかったように思う。

 「飲みニケーション」には、以下のようなメリットがあるとされてきた。

◇会社という規律のある場を離れての、上司と部下、同僚同士などのざっくばらんな会話によるコミュニケーションを通じて、「仲間意識」や「連帯感」が強まり、仕事をしていく上でのモチベーションが上がるほか、組織の風通しが良くなる。

◇上司から仕事上の経験談などをじっくり聞くことを通じて、部下は勉強することができ、会社の会議の場ではないので気軽に質問することもできる(はずである)。そうしたことを通じたノウハウの継承を通じて、会社の基礎的な強さが保たれていく。

参加できる人とできない人で不公平が生じる

 その一方で、「飲みニケーション」には、以下のようにさまざまな問題点やデメリットがあることは明らかだろう。

◆「飲みニケーション」が行われている夜の時間帯は、勤務時間なのか、そうではないのかが不明確である。仮に勤務時間だとすれば、会社は部下への残業代の支払いが必要になるし、飲食の代金は経費として会社に請求するのが筋になる。何かあれば労災の対象にもなり得るだろう。そうした「オン」と「オフ」の区別が不明瞭なグレーな状況の放置は、明らかに「働き方改革」に反するし、欧米人の目から見れば極めて不合理である。

◆若者を中心に「アルコール離れ」が進んでいる。世代を問わず、分解する酵素が少ないなどの理由でアルコールが飲めない人もいる。近年ではノンアルコール飲料の品ぞろえが充実してきているが、上司があえて夜の「飲み」にこだわる必然性はない。ランチタイムでもコーヒーブレークでも、人数は限られるにせよ、コミュニケーションの機会は、その気になれば設けられる。

◆女性の社会進出や「多様な働き方」を背景に、従業員の勤務時間のパターンがさまざまなものになっている。「飲みニケーション」の場を設定しても、参加できる人とできない人に分かれてしまい、そこで業務上の重要な話をするとすれば、従業員間で不公平が生じてしまう。

◆「飲み」の場で上司が部下に話したがる自分の昔の経験談(教訓やノウハウ)は、時代の流れで仕事のやり方やビジネスモデルそのものが大きく変化する中で、もはや役に立たなくなってきているのではないか。時代遅れの単なる自慢話を、部下たちは聞きたがらないだろう。

◆アルコールが入って酔いが回り、気が大きくなった上司の言動が、パワハラやセクハラの温床になってしまうリスクがある。

飲みニケーションの退潮は必然

 以上のように「飲みニケーション」のメリットとデメリットを整理し比較してみると、後者の方が多い。「飲みニケーション」の退潮はもはや必然であることが、あらためて理解できるだろう。筆者の同世代からはブーイングが聞こえてきそうな結論なのだが、冷静に考えればそういうことになる。

 日本経済新聞を読んでいたら、出口学長は5月18日付朝刊に掲載された記事「コロナで働き方に変革、男女平等進む機会に(ダイバーシティ進化論)」にも登場しており、そこでも「飲みニケーション」が少しだけ顔を出していた。女性と男性それぞれに対するメッセージ性が強い部分を引用して締めくくりとしたい。強い説得力がある主張だと考える。

 「日本の職場ではこれまで、長時間労働や上司が誘う飲みニケーションなど、一般に女性には不利な働き方があった。しかしテレワーク時代にはこうした男性優位の働き方が見直され、ITリテラシーの低い人が淘汰される。ITリテラシーには男女の差が生じない。男性にとってもテレワークは、家庭と仕事のバランスを見直すいい機会になったのではないだろうか」

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3/14、4/5ウェビナー開催 「中国、技術覇権の行方」(全2回シリーズ)

 米中対立が深刻化する一方で、中国は先端技術の獲得にあくなき執念を燃やしています。日経ビジネスLIVEでは中国のEVと半導体の動向を深掘りするため、2人の専門家を講師に招いたウェビナーシリーズ「中国、技術覇権の行方」(全2回)を開催します。

 3月14日(火)19時からの第1回のテーマは、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」です。知財ランドスケープCEOの山内明氏が登壇し、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」をテーマに講演いただきます。

 4月5日(水)19時からの第2回のテーマは、「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」です。講師は英調査会社英オムディア(インフォーマインテリジェンス)でシニアコンサルティングディレクターを務める南川明氏です。

 各ウェビナーでは視聴者の皆様からの質問をお受けし、モデレーターも交えて議論を深めていきます。ぜひ、ご参加ください。

■開催日:3月14日(火)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」
■講師:知財ランドスケープCEO 山内明氏
■モデレーター:日経ビジネス記者 薬文江

■第2回開催日:4月5日(水)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」
■講師:英オムディア(インフォーマインテリジェンス)、シニアコンサルティングディレクター 南川明氏
■モデレーター:日経ビジネス上海支局長 佐伯真也

■会場:Zoomを使ったオンラインセミナー(原則ライブ配信)
■主催:日経ビジネス
■受講料:日経ビジネス電子版の有料会員のみ無料となります(いずれも事前登録制、先着順)。視聴希望でまだ有料会員でない方は、会員登録をした上で、参加をお申し込みください(月額2500円、初月無料)

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