台北の市場でマスクして買い物する女性(写真:AP/アフロ)
新型コロナウイルス感染拡大への対応が他の国々と比べればうまくいっていると評価されることが多い国・地域を3つ挙げるなら、台湾、韓国、ドイツだろう。それぞれの経緯についてまとめてみた。
(1)台湾
台湾の人口は約2360万人(2020年2月時点)だが、新型コロナウイルス感染者数は393人、死亡者数が6人にとどまっている(4月14日 衛生福利部疾病管制署発表)。政府の巧妙な対処によってウイルスの封じ込めに成功している。4月14日と4月16日は新たな感染者が1人も確認されなかった。
功労者の1人は16年にデジタル担当の政務委員(大臣)に起用された天才ホワイトハッカー、オードリー・タン(唐鳳)氏である。この人物は、マスクの在庫データを管理するアプリを活用し、どの店にどのくらい在庫があるのかを市民が常に把握できる状況をつくり上げた。
これにより、買い占めなどの混乱を防ぐために政府がマスク全量を買い上げて流通を管理する制度(2月6日導入)が、円滑に運営されるようになった。筆者の知り合いの台湾人は、タン氏の話をするときは本当に誇らしげである。
天才を起用する度量の大きさ
そして、そうした民間の天才を大臣として起用する度量を示しつつ、水際対策や入国者の隔離措置を徹底し、医療用マスクの計画的増産を主導したのが、蔡英文(ツァイ・インウェン)総統である。中国・武漢市における新型ウイルス感染拡大にいち早く気付いた台湾は昨年12月31日、世界保健機関(WHO)に情報を伝えて警戒を呼び掛けるとともに、武漢からの入境者への検疫を開始した。
原因不明の肺炎患者の確認を武漢市が発表したのは同じ12月31日だが、台湾でも緊張感はまだ広がっていなかった時期だという。年明け5日には原因不明の肺炎に関する専門家会議を開催し、20日にはこの問題で指揮センターを設置。21日に初の感染者が台湾で確認されると、翌22日に蔡総統は全力での防疫を国家安全会議で指示した(3月14日付読売新聞)。
また、1月下旬には台湾全土のマスク工場に予算を投じて生産ライン増設に着手し、人員の不足に対しては軍人も動員。1月時点で1日に製造できるマスクは188万枚だったが、現在ではその7倍にあたる1300万枚の製造能力があり、近く1500万枚まで増えるという。
蔡総統は4月1日、感染拡大が深刻な欧米や外交関係がある国に、医薬品や医療技術を提供するとともに、マスク計1000万枚を寄贈すると表明した。その背景には上記のマスク計画増産の成功がある。蔡総統の支持率は大きく上昇した。
(2)韓国
警戒態勢への先回り的な移行など、台湾のあまりにも良好なパフォーマンスと比べると、ウイルス感染者数や死亡者数が多いこともあり同列には扱えないが、欧米の専門家などから、途中からは政策当局のパフォーマンスがかなり良好だと評価されつつあるアジアの国が韓国である。
この国の首都ソウルの街中や地下鉄車内などでは、筆者が訪れた1月末~2月初めの時点で早くも、現在の東京のようにマスク装着率がほぼ100%だったことが思い出される(当コラム2月12日配信「『マスク人の国』状態が終わる時期はまだ先」ご参照)。
韓国の中央防疫対策本部によると、韓国の新型コロナウイルス感染者数は1万591人、死亡者数は225人である(4月15日0:00時点)。ウイルス感染が広がった初期の局面では「中国→韓国→イラン→欧州」という流れで問題が認識されることが多く、実際、韓国は感染者数で3月上旬までは中国に次いで世界で2番目だった。
汚名返上しつつある韓国
しかしその後、ウイルスの検査を、有名になった「ドライブスルー方式」や、一部地元メディアが呼ぶ「ウオーキングスルー方式」、つまり病院内に設置した患者と医師の相互感染を防ぐ検査用ブース(3月17日付朝日新聞)も用いながら大規模に実施し続けるという、独自の対処法が功を奏した。
感染者数の増加ペースは3月中旬から鈍化。国別ランキングの順位はかなり下がった。米紙ワシントン・ポストは「一つの手本になった」と評価しており、欧州でも韓国方式が参考にされている。
韓国では4月15日に総選挙があった。世界が新型コロナウイルスで大きな危機に陥っているときの予定通りの総選挙実施というのは、驚くべきことである。投票所の人の並び方で距離をとらせたほか、検温、消毒、手袋着用など、徹底した防疫策がとられた。「コロナ下」で他国が選挙を実施する際のモデルケースになりそうである。
今回の選挙で最大の焦点になったのは、文在寅(ムン・ジェイン)政権によるこのウイルスへの対応策の評価だった。政府による新型ウイルス対応策が評価されて選挙の直前に文大統領の支持率は上昇。追い風が吹いた与党(共に民主党)が勝利したことにより、文大統領は22年5月の任期満了まで政治的な求心力を維持する見込みである。
4月11日の産経新聞に掲載された名物コラム「ソウルからヨボセヨ」は、韓国式のコロナ対策がテーマで、エレベーターのボタン部分に貼る透明な「抗菌フィルター」などを紹介した。
韓国に対して辛口コメントを発することで現地でも有名なコラム筆者の黒田勝弘氏は今回、驚くべきことに、「新型コロナ対策にはこうした韓国スタイルもあれば自粛、自制に頼る日本スタイルもある。感染者数の減少をみれば韓国スタイルの効果は出ているようだ。この際、見習うべきは見習いたい」とまで書いた。
(3)ドイツ
米ジョンズ・ホプキンス大学によると、ドイツの新型コロナウイルス感染者数は13万3456人と非常に多く、世界で4番目である。だが、この国の場合は死亡者数が3592人に抑えられている(いずれも4月16日 日本時間5:00時点、以下同じ)ことが評価されている。死亡者数を感染者数で割った比率は、同じ欧州のスペインが10.5%、イタリアが13.1%、フランスも13.1%であるのに対し、ドイツはわずか2.7%である。
近隣諸国を助けるドイツ
ドイツは韓国のように、ウイルス検査を大規模に実施する手法を採用している。そして、それ以上に重要なのは、この国の充実した医療設備である。ドイツの集中治療病床の数は世界有数で、人口比で日本の6倍とされており、新型コロナウイルスによる死亡者数抑え込みに大きく寄与している。全土で1万以上の集中治療病床が感染者用に確保されているという(4月4日 共同通信)。
医療が崩壊してしまった、あるいはその瀬戸際にある国と異なり、余裕を持って症状が出ている感染者の治療にあたることができるシステムを、ドイツは維持している。そしてドイツは、そうした余裕がなく病院がパンク状態のイタリアやフランスからも重症者を受け入れて、人工呼吸器などを用いながら集中治療を施す国際協調の姿勢も見せている。
最後に、番外編的に、WHO公表データで「感染者がゼロ」になっている国(4月10日時点)のリストを4月12日の毎日新聞朝刊が掲載していたので、ご紹介しておきたい。
北朝鮮、トルクメニスタン、タジキスタン、キリバス、クック諸島、サモア、ソロモン諸島、ツバル、トンガ、ナウル、ニウエ、バヌアツ、パラオ、マーシャル諸島、ミクロネシア連邦、コモロ、レソト
太平洋にある島しょ国がかなり多い。北朝鮮は対外公式発表ではゼロだが、実際には多数の感染者が出ているもようである(当コラム3月24日配信「実は『新型コロナ』で北朝鮮も大ピンチ?」ご参照)。なお、トルクメニスタンは「中央アジアの北朝鮮」とも呼ばれている独裁国家で、実態は不明のようだ。
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