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 不思議なもので、日々の関心が腰痛の度合いに集中していると、毎年出ている花粉症のほうは、ほとんど気にならない。そして、身体的に弱者になると、見えていないものが見えてくることもある。それは公共交通機関における「バリアフリー」の度合いである。

 しびれがにわかにきつくなると、階段の途中で立ち止まってしまい、ほかの人に迷惑をかけてしまうリスクがある。このため、余暇に水泳で身体を鍛えるようにしてきた筆者としては実に情けない話だが、できるだけエスカレーターやエレベーターを探して乗ることになる。

 先日、浅草に所用があり、東京メトロ・銀座線で始発の渋谷駅から出向いた。渋谷エリアの再開発が徐々に進む中でお披露目された新しい渋谷駅は美的なセンスも感じる、スペースも広々した立派なものである。

バリアフリーにほど遠い浅草駅

 ところが、そうした始発駅とは全く様相が異なるのが、終点の浅草駅である。三十数分乗っていると社内にアナウンスが2度入り、この電車が到着する浅草駅のホームにはエレベーターやエスカレーターがないので、利用したい乗客は1つ手前の田原町駅で下車して後続の電車に乗り換えてください、というのである。これにはさすがに驚いた。

 浅草駅は終着駅のためホームが2つあり、交互に到着・発車している。バリアフリーになっていない側の(1番線の)ホームに到着する電車の乗客に対し、あらかじめ対応を呼びかけているわけである。

 浅草駅は古くて狭いため、構造を変えてバリアフリー設備をさらに増やすのはなかなか難しいのだろう。とはいえ、始発駅とのあまりの落差に驚かされた。新型肺炎の問題で予定通りの開催を危ぶむ声も出始めている今夏の東京五輪・パラリンピックまでに、何らかの改善策はとられるのだろうか。

 当たり前のことだが、バリアフリー対応は障がい者への対応というだけでなく、高齢化が急激に進んでいく日本の経済社会の今後をサポートする意味でも、きわめて重要である。

 都心の繁華街の古い地下道には、かなり傾斜が急なものもしばしば見受けられる。これは危険だと思う。個人差はかなりあるが、年齢を重ねると足元がおぼつかなくなるケースは珍しくない。一昨年に亡くなった筆者の父親は、80歳を超えても弁護士として現役で働いていたのだが、ある時、重い書類カバンを持ったまま地下道の階段で足を踏みはずして転落し、肩を負傷。そこから体調が悪化していき、現役を引退せざるを得なくなったという経緯がある。

 青くさい理想論になってしまうが、「観光立国」「人生100年時代」など、政府が政策的にさまざまなキャッチフレーズを掲げるのはよいとして、草の根の国民の側から出されるさまざまなフィードバックを生かす形で、細かなところにも目配りができるような政策運営がなされれば、なおよいと思う。