結局、19年1月4日に起こった利下げに前向きなハト派姿勢へのパウエルFRB議長の「ひょう変」(トランプ大統領から利上げはやめて利下げに動くべきだとの執拗な「口先介入」を受けていた)と、米中貿易交渉は動き出していると述べた同じ月のトランプ大統領の発言に、19年のマーケット動向のエッセンスが含まれていたように思う。

 トランプ大統領が1月2日の時点で、米中貿易交渉が第1段階の部分合意に至るまでどのような過程をたどるのか、綿密なスケジュールを頭に置いていたとは考え難いものの、FRBによる助力にも言及しており、株価を持ち上げる大まかな青写真くらいはあったのではないか。

 そして、20年1月がやってきた。2日のマーケットの動きと、米東部時間でこの日の夜に明らかになったソレイマニ司令官殺害について、最後にコメントしておきたい。

金の堅調ぶりが示すもの

 イランと米国の緊張が激化するよりも前から、19年末から20年初めにかけてのマーケットの動きで筆者がどうにも気になっていたのが、金の堅調ぶりだった。

 年明け1月2日の米株式市場では、主要株価指数3つがそろって史上最高値を更新したが、それでもニューヨーク商品取引所(COMEX)上場の金の先物は7営業日続伸。「史上最高値圏にある現在の米株価水準は持続可能ではないとの懐疑的な見方がある上、米中貿易協議の行方について不確実性に対する警戒感も根強く、『安全資産』としての金需要は底堅かった」と、時事通信は報じた。「カネあまり」を原動力にして膨れてきた米国株「ミニバブル」崩壊を警戒したヘッジ目的の金先物の買い需要もあったのだろう。

 そして米国防総省は2日夜に、トランプ大統領の指示によってイラン革命防衛隊コッズ部隊(対外工作を担う)のソレイマニ司令官を殺害したと発表した。イラン国内では声望の高い軍人である。これに対しイランの最高指導者ハメネイ師は「厳しい報復」を宣言。イランのラバンチ国連大使は米CNN テレビのインタビューで「軍事行動には軍事行動で対処する」と述べた。

 イランは武力による米国への報復を示唆した。米・イラン間の緊張が一気に高まり、市場は「リスクオフ」へと傾斜。7日の取引で金先物は10 営業日続伸となった。ソレイマニ司令官の葬儀が終わった後、イランがイラクにある米軍基地をミサイル攻撃した8日には、金先物は一時1600ドルを超えた。

 それまでは対イラン武力行使に慎重姿勢を貫いていたトランプ大統領が、なぜ態度を変えたのか。19年12月27日に発生したイランが支援するとされる武装勢力の攻撃で米民間人1人が死亡、米兵4人が負傷した事件が直接のきっかけとされているが、説得力は不十分である。もしかすると、トランプ氏に目立つ一種の気まぐれかもしれない。

 ロイターが報じたポンペオ米国務長官の発言によると、今回の対応はイランによる「差し迫った攻撃」を回避するためのもので、対応しなければ中東にいる米国人の生命が危険にさらされていたという。トランプ大統領は「ソレイマニ司令官は長い間、数千人もの米国人を殺害したり重傷を負わせたりし、さらに多くの米国人殺害をもくろんでいた」とツイート。記者団には「われわれの行動は戦争をやめるためであって戦争をしかけたわけではない」と説明した。

 19年6月にイランが米国の無人偵察機を撃墜した事件の際は、10分前になってイランへの報復攻撃をトランプ大統領が撤回したという経緯があった。「これが、イランの強硬派を勢いづけ、サウジ東部石油施設への攻撃につながったとの分析があり、身内の共和党からもトランプ氏の姿勢を『弱腰』とする声が出ていた。今回の殺害劇には、こうした批判を払拭する狙いも透ける」(1月4日、日本経済新聞)との見方も出ている。

 いずれにせよ、トランプ大統領がここで相当危うい賭けに出た感を、筆者は拭えない。以下の点を念頭に置きつつ、事態の推移を見ていく必要があると考えている。

◆米国経済はこれまでのところは、11月の大統領選挙に向けてしっかり成長を続ける見通しである。19年にFRBが実施した利下げも効果を発揮している。米中の貿易交渉は部分合意にこぎつけた。その大統領選挙は、経済の好環境に加えて、民主党のまとまりのなさもあって、普通に考えればトランプ再選で決着する可能性が高い。

◆ところが、ここで米国がイランと戦争状態になり、親イラン勢力による米国人をターゲットにしたテロ活動が米国内外で発生するなどして、不安心理から消費マインドが腰折れしてしまうと、米経済の「大黒柱」である個人消費が悪化し、リセッションのリスクが急浮上する。軍人を含めて米国人の死傷者数が増えていくようだと、大統領選では「トランプが始めた戦争」の是非が大きな論点になり、トランプ氏にはかなり不利な材料になる。

 イランも米国も地上軍を投入するような本格的な戦争への突入は望んでいない。米国経済は拡大を続け、大統領選ではトランプが再選というシナリオを変える必要は、現時点ではないと考えている。とはいえ、歴史においては「ボタンの掛け違い」がしばしば発生する。油断は禁物である。

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