米大統領選に向けて、11月20日に開かれた民主党候補者によるテレビ討論会(写真:AFP/アフロ)
間もなくやってくる2020年に予定されている政治のイベントで、世界経済の先行きに最も大きな影響を及ぼし得るものを1つだけあげるとすれば、11月3日に投開票される米国の大統領選挙ということになるだろう。
民主党では候補者がなお乱立している上に、主張が中道で無党派層を含む幅広い支持を集めそうな有力な人物が見当たらない。そのため、現職でコアの支持層がしっかりしており、経済の好環境も追い風になるトランプ大統領の再選が有力視される状況である。
ミシェル・オバマ氏出馬は期待できず
民主党が勝てる可能性が最も高いシナリオは、同党支持者を中心に好感度・信頼感が高い上に女性票もあてにすることができるミシェル・オバマ前大統領夫人の出馬だが、そうした動きがないことから、この逆転シナリオはもはや時間切れだろう。
トランプ再選の場合、経済を含む政策の継続性が確保されるので、米国株には基本的にポジティブである。そして、同時に行われる上下両院議員選で、仮に共和党が上院の過半数を維持するのみならず下院の過半数を奪回するなら、追加の所得減税や多額のインフラ投資が実現する可能性が高まるため、株価は大幅高になり得る。
その一方、下院に加えて上院でも民主党が過半数を握る場合、2期目のトランプ大統領は議会が反対すると大きな動きをとれなくなるため、市場は嫌気するだろう。民主党が別の罪状に基づいてトランプ大統領の弾劾に向け再度動く可能性も意識される。
では、トランプ落選の場合はどうか。ウォーレン上院議員など民主党左派の候補が勝利する場合、大企業への課税強化や富裕税導入といった、ウォール街にとってネガティブな政策の導入が大いに警戒される。米国株が急落して「リスクオフ」に金融市場全般が傾くと、為替市場では円高・ドル安が進み、債券市場では逃避的な債券買いが進んで長期金利は低下するだろう。
「民主党のバイデン前副大統領が大統領選で当選すれば貿易戦争の相手方である中国との関係が改善するから米国株は買いではないか」という見方も、市場の一部にある。だが、筆者は懐疑的である。
民主党の有力者であるシューマー上院院内総務は11月、共和党のコットン上院議員とともにロス商務長官に宛てて、AI(人工知能)などを含む先進技術の対中輸出規制を迅速に強化するよう要請する書簡を送付した。
ロス商務長官宛ての書簡を入手したロイターの報道によると、書簡では「先進技術に関する判断には技術的課題があることを理解しているが、これらの技術が軍事的ライバルに輸出されるのを防ぐため、指針策定に向けた商務省の迅速な行動が必要だ」と主張。中国は軍民両用の米技術を取得しようとしているとして、「この軍民両用戦略は、米企業が意図せずして機密技術を主要な軍事的ライバルに輸出してしまう事態につながる恐れがあり、議会にとって深刻な懸念だ」と指摘したという。
また時事通信によると、米議会の超党派の諮問機関である「米中経済安全保障調査委員会」は、中国の米企業買収を通じた先端技術の流出が「米国の安全保障と経済競争力のリスクになる」と警告する年次報告書を、11月に公表した。
この報告書は、中国資本の対米投資がベンチャー企業買収などに集中していると指摘。中国がIT(情報技術)やバイオといった分野で「開発初期の先端技術」を対象に「軍事的、経済的な目標に向け広範に取得している」という懸念を表明した。現地に進出した米企業への技術移転要求も続いている、という。
報告書はさらに、中国が米国の軍事的優位を覆す上で特にAIに注目していると強調し、中国がAIを軍事目的に転用すれば、人民解放軍の近代化が飛躍的に進み、米軍の弱点を突く戦術構築が可能になると警告した。時事通信は、この報告書から「経済や軍事分野をめぐり、米与野党が一致して中国の台頭を警戒していることが浮き彫りになった」との解説を加えて報じた。
仮にバイデン氏など民主党の候補者が大統領選で勝利する場合、制裁関税を武器に用いるトランプ流の強硬な交渉姿勢を取りやめて、より柔軟な交渉姿勢がとられる可能性はたしかにある。だが、米中両国の本質的と言っても過言ではない経済・安全保障分野の対立関係は、次回の大統領選の結果にかかわらず、その先も続いていく可能性が高い。しかも、民主党は共和党よりも人権問題に敏感であるため、この面から中国との対立関係がさらに厳しくなるケースも十分想定できる。
もう1つ、これは数年先以降のリスク要因になるのだが、トランプ再選が実現した場合には、パウエル議長の交代を含む米連邦準備理事会(FRB)人事が大きな焦点になってくる。
トランプ大統領は12月2日、ブラジルとアルゼンチンから輸入される鉄鋼とアルミニウムに対して追加関税を課すと、SNS(交流サイト)で突然表明した。米国が18年3月に「安全保障上の脅威がある」という理由から鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の関税を上乗せした際は、ブラジルやアルゼンチンなどは対象外とされていた。
大統領がツイートした内容は、「ブラジルとアルゼンチンはそれぞれ自国通貨を大幅に切り下げている。わが国の農家にとっては良くない。このため、私はこれらの国々から米国に出荷される全ての鉄鋼とアルミニウムへの関税を即時に復活させる。多くの国々が、米国の強いドルにつけこんで自国通貨をさらに切り下げることがなくなるよう、FRBも同様の措置を講じるべきだ。この行為(通貨切り下げ)はわが国の製造業者と農家が商品を公正に輸出することを非常に難しくする。FRBは金利を引き下げ、金融緩和せよ!」というものだった。
驚いたブラジルのボルソナロ大統領は、トランプ大統領と直接協議して今回の措置の撤回を求める意向を示した。12月4日にはブラジルのゲジス経済相が、「ブラジルが競争力を高めるために通貨価値を押し下げているとトランプ氏が考えているならば、非常に重大な間違いだ」と反論。レアルが今後数年間これまでよりも下落するだろうと経済相は認めたものの、これは景気テコ入れのための利下げによって金利も低くなるからだと説明した。
上院の過半数を共和党が確保するか否か
トランプ大統領は経済・通商政策で、「貿易赤字は悪だ」というコンセプトにこだわり続けている。そして、米国の企業が輸出競争上不利になる「ドル高」を目の敵にしており、ドル安を実現するために利下げや量的緩和を行うよう、パウエルFRB議長に対して断続的に圧力をかけ続けている。大統領はパウエル議長と面談した際、日欧が導入しているマイナス金利にも言及したと伝えられた。
「ドル安が必要だ」という強い考えを抱いており、パウエル議長への失望を何度も口にしてきたトランプ大統領が、22年2月に4年間の任期が満了する同議長を続投させる可能性は小さい。
さらに、FRB理事(定員7人)には空席が2つあり、大統領はハト派とみられる人物を指名する意向をすでに表明している。
その1人で、16年の大統領選ではトランプ陣営の経済顧問だったジュディ・シェルトン氏は、「米国におけるFRBの役割を規定した法律の中に、独立性への言及は一切見当たらない」「(法律を読んでみれば)米国の特定の戦略的経済目標を達成するため、FRBが議会や大統領と協力するよう求めているのが分かるだろう」と内輪で発言していたと、ブルームバーグが11月22日に報じた。シェルトン氏はこれより前、9月には、FRBの独立性を軽視する論説を米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿していた。
共和党が上院の過半数を握り続けるという前提で言うと、ドル安志向が強く、ドル安誘導のための利下げをいとわない人物が次期FRB議長や空席のFRB理事に指名され、そうした人々が上院の承認を経て実際に就任する場合、市場には激震が走るだろう。ドルの価値が安定していることを前提に米国の国債や株式に投資されてきたマネーが米国から急速に流出して、米国市場が「トリプル安」の様相を呈する恐れがある。日本の景気・物価は、為替市場で円高・ドル安が急速に進むことなどを通じて、強い下押し圧力を受けることになるだろう。
■図:ドル名目実効レート(対先進国通貨、対新興国通貨)
(出所)米FRB
2020年の米大統領選挙は、結果が出た直後に影響が出尽くすような、軽い案件ではない。そして、上院の過半数を共和党が確保し続けるかどうかも、かなり大きな注目点になる。
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