閣内ではハント外相が離脱撤回の可能性があることに言及しているものの、メイ首相は否定的な立場を変えておらず、「合意なき離脱」でもかまわないと考えている節さえある。

「いいとこ取り」は許されない

 一国の将来を大きく左右する問題であるだけに、民意が変わった可能性が高い場合には、再度の国民投票が許容されてしかるべきだろう。16年6月から2年半以上が経過している上に、離脱交渉が進む過程で英国の「いいとこ取り」は許されない(義務を果たさずにメリットだけ享受するわけにはいかない)ことを、英国民はすでに痛感しているはずである。

 話は変わるが、米国とユーロ圏の中央銀行が達成すべき物価上昇率として2%ないしそれに近い数字を掲げ続けていることにも、上記と似たような側面がある。

 筆者が今も鮮明に覚えているのが、16年1月25日の講演でドラギECB(欧州中央銀行)総裁が発した、「われわれが目標を達成することが信頼性につながる」「中銀が目標を設定する場合、目標を外したときにゴールポストを動かすことはできない」というメッセージである。

 ECBは「2%未満だが2%に近い物価上昇」を「物価安定」と定義した上で、これを中長期的に達成することにコミットしている。目標を(上下いずれかに)外した際、目標の数字自体を(外した方向へ)動かしてしまうようだとECBの信認が低下してしまうから、自分にそうするつもりはないという含意だと、筆者は受け止めた。

 けれども、時代の趨勢とでも言えそうな経済構造の変化(グローバル化やIT化など)によって物価上昇率のレベル感が持続的に下方シフトしてしまった可能性が高い場合に、そうした変化が起こるよりも前の物価上昇率にこだわり続けるのはいかがなものか。一般物価に対してはおそらくビビッドに効かないにもかかわらず金融緩和を強化し続けるようだと、資産価格の方がカネ余りによって押し上げられてバブルが膨らみやすくなるなど、経済全体の安定推移を中長期的に脅かしかねない事態につながり得る。

FRB、次の一手に利下げも?

 3月19、20日に開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)は、年初のパウエルFRB(米連邦準備理事会)議長の「ハト派急旋回」によって、事実上は既定路線になっていた利上げの休止を決定した(表決は全員一致)。しかも、「ドットチャート」(FRB理事・地区連邦準備銀行総裁による政策金利見通しの分布図)では、年内追加利上げを見込まないFOMC参加者が11人に増加した。様子見スタンスはかなり長引くかもしれない。

 次の一手が利下げになることも十分考え得る。さらに、FRBのバランスシート縮小を、市場で想定されていた年末近くではなく9月末に終了することがアナウンスされた(こちらも表決は全員一致)。「市場よりもやや先」をFRBは走っている印象である。米国さらには日欧で、長期金利は急低下した。

 パウエル議長はFOMC終了後の記者会見で、「明らかな政策変更の必要性が生じるような雇用やインフレの見通しを得るまでには、まだしばらく時間がかかる」「われわれが確認しているデータは現在、どちらの方向に動くかのシグナルを送っていない」としたほか、「2%という対称的な物価目標を断定的に達成したとの感触は得ていない」「そのため、われわれは辛抱強い姿勢でいられ、目標達成を確認するまで動く必要はない」とも述べた。

 FRBは今年、金融政策の枠組みを見直す議論を本格的に行うことになっている。問題意識の中核にあるのは、目標である2%に、原油価格上昇といった一時的な要因の助けを借りなければ、インフレ率の実勢がなかなか到達しなくなったことである<図1>。

■図1:米国とユーロ圏の物価上昇率(総合ベース)
■図1:米国とユーロ圏の物価上昇率(総合ベース)
(出所)米商務省、ユーロスタット
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 そうした中、インフレ目標は「上下に対称」であることをあえて強調しつつ、金融引き締めで無理をするのは避けておき、物価上昇率の2%超えをこれまでよりも容認すべきだという考え方が、前面に出てきやすくなっている。このことも、ハト派方向へのFRBのこのところの急傾斜に影響しているはずだと、筆者はみている。

 だが、構造的な重しを乗り越えて金融緩和だけで2%を超える水準まで実際に物価を持ち上げられるのか、無理に持ち上げようとした場合には経済の安定がかえって損なわれないのかについても、議論がしっかりとなされるべきだろう。

「ポスト安倍は安倍」

 なお、日銀の場合、円高リスクへの警戒感が極めて強い上に、安倍首相の政治パワーが健在であるため、「物価安定の目標」である2%からの引き下げを議論できる余地は、少なくとも当分の間、全くなさそうである。

 日銀ににらみを効かせている安倍首相の自民党総裁任期満了は、21年9月である。自民党内では一部に「安倍4選論」も出てきている。本人は4選論からは距離を置いているが、「ポスト安倍は安倍」という見方が政治の世界にあることは金融市場でも意識されている。安倍首相が交代しなければ、「物価安定の目標」2%や異次元緩和の大幅見直しの議論は、現実問題として始まりようがない。

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