ご承知の通り、日本の相対的貧困率は15.7%(厚生労働省「2019年国民生活基礎調査」)で、主要7カ国(G7)のうち米国に次いで2番目に高い。母子家庭に限ると貧困率は最悪で、米国36%、フランス12%、英国7%に対して日本は58%と半数超だ。シングルマザーの就業率は先進国でもっとも高い84.5%なのに、3人に2人が貧困というパラドックスが存在する(経済協力開発機構(OECD) Educational Opportunity for All、Overcoming Inequality throughout the Life Course)。

 相対的貧困は「目に見えない貧困」であり、最大の問題は「普通だったら経験できる機会」がはく奪され、心がむしばまれるってこと。教育を受ける機会、仲間と学ぶ機会、友達と遊ぶ機会、知識を広げる機会、スポーツや余暇に関わる機会、家族の思い出をつくる機会、親と接する機会……etc。こういった幼少期の様々な経験は全て、80年以上の人生を生き抜く「リソース」獲得の機会でもあるのに、それがない。
 低所得世帯の子供はそういった機会を経験できず、進学する機会、仕事に就く機会、結婚する機会など、「機会略奪(損失)のスパイラル」に入り込む。

努力する能力は親の階層に影響される

 それだけではない。機会略奪により、「どうせ貧乏だから」「どうせみんなと違うから」など考えて自尊心が低下し、「どうせバカだから」と心まで疲弊し、「頑張ろう」とか、「踏ん張ろう」という、諦めない力まで奪われていく。

 教育問題を扱ってきた、英オックスフォード大学教授の苅谷剛彦さんらの調査では、両親の学歴や職業から子供たちが生まれ育つ家庭の社会的階層を捉え、上位、中位、下位に分類し、子供の「学習への意欲」を分析したところ、階層下位の子供たちほど「学習への意欲」が低かった。少人数授業を取り入れ、熱心に取り組んでいる地域でさえ、階層格差に起因する「学習意欲差」を縮小するのは難しかったという(苅谷剛彦著『学力と階層』より)。

 世の中にまん延する自己責任論には、「努力する能力は全ての人に宿っている」という前提がある。しかしながら、努力する能力は子供たちの親の階層に影響されている。それは先生たちの力だけでは埋めることのできないほど手ごわいのだ。

 人は何かしら動機付けられるからこそ努力する。めげそうになっても、頑張れ! と背中を押してくれたり、サポートしてくれたりする人がいるからこそ、もうひと踏ん張りできる。そして、その努力が実ったとき、「本人の努力次第で手に入るものがある」ことを自然と学ぶ。

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