「氷河期世代=非正規=低賃金」という構図で語られがちだが、件の男性がそうだったように正社員に転換後も待遇が改善されていないケースは、これまでも報告されてきた。
 東京大学教授の玄田有史氏の調査では、3~4割の人は正社員転換後も賃金が変わらず、収入が減ったケースも2割ほどあったという(資料、「正社員になった非正社員 ――内部化と転職の先に」)。

 これも“体育会系”時代の年功賃金の名残だし、途中で正社員に転換した人が管理職になれないのも“年功序列”の名残だ。

「とりあえず契約で」と採用された

 問題はそれだけではない。
 最初の出だし=初職の不遇さが、その後のキャリア人生や健康問題にまで影響を及ぼしていることが確かめられているのだ。
 景気と健康状態の関連性は国外の研究でも明かされているが、日本も同様に1990年代後半のバブル崩壊以降、どの世代でも主観的健康感が悪化した。しかし、一橋大学経済研究所の小塩隆士教授の分析で、氷河期世代には特有の傾向があることが分かったのである。

 2010年代に入り景気が回復しても、氷河期世代は他の世代に比べて健康の改善が鈍く、その後も健康が悪化するリスクが高いことが明らかになった。初職時に就職が難しかったため、キャリアのスタート時点での健康度が低く、それがその後の健康にも悪影響を及ぼしていたのだ。

 例えば、入院のリスクは、氷河期世代はそれ以外の世代に比べて、男性では1.29倍、女性では1.15倍。また、主観的健康を「最も悪い」「よくない」と評価するリスクは、男性で1.25倍、女性では1.16倍だった。

 つまり、氷河期世代は「健康面」でも、最初から不利だった。小塩教授はこれを「健康の発射台の違い」という言葉で説明している。

 「景気が悪い→採用を抑制する」といった企業側の判断により、件の男性のように「とりあえず契約で」と採用され、その後正社員になってもなお、初職のつまずきが個人の人生の主観的健康にまで影響を及ぼすとは。実に罪深いことを、企業はしてしまった。

 「主観的健康」という変数は、健康社会学でもよく使うが、寿命や病気の回復の過程にも関係する要因である。「私」が「私の健康」をどう知覚するかは、私たちが考える以上に重要なのだ。

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