※写真はイメージです(写真:Shutterstock)
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 65歳以上のおよそ2割が生きがいを感じていない――。
 ネットを利用する高齢者のほうが「生きがい」感じる傾向 情報機器使わない人の3倍――。

 これは先週、2022年版「高齢社会白書」が閣議決定されたのを受け、メディアが一斉に報じた内容である。SNS(交流サイト)では「若者に聞いても同じ結果になる」「逆に8割が生きがい感じてるってすごい」「生きがいってないとダメなのか?」といったコメントが散見されたが、全くもってその通り、と言いますか。なんと言いますか。

生きがいとは、喜びや楽しみ?

 毎回この手の白書が公表されると、マスコミが好みそうな結果の一部だけが「事件です!」のごとく報じられることには少々へきえきしている。そもそも「2割が生きがいを感じていない」という事実の、何が、どのように問題なのか? 報道からは何も分からなかった。そこで公開された白書を読んでみたのだが……、やはり分からない。苦労して白書をまとめた人たちには申し訳ないのですが、ホント、よく分からなかったです。

 おそらく、今回の“ウリ”は、「近所の人との付き合い方」「親しくしている友人・仲間の有無」「外出の頻度」「情報機器の利用内容」「収入の伴う仕事をしているかどうか」「社会活動への参加の有無」「健康状態」の7項目おのおので、生きがいとの関係を示した点なのだろう。しかし、私の脳内は大騒ぎだった。
 脳内虎は、「だから?」としけた顔をし、お猿は「当たり前やん!」と冷ややかに笑い、たぬきじじいは「ジジババを65歳以上で一くくりにしないでくれよ~~」とほえ、ウサギさんは「経済的に不安っていう人は3割、って出てるよ。その人たちの生きがいは?」と悲しそうな顔で訴えた。
(※身体機能・認知機能の面から日本老年学会・日本老年医学会は、高齢者の定義は、75歳以上にすべしとしている →私も同感!)

 そもそも白書には、「生きがい」という言葉に、カッコ付きで(喜びや楽しみ)と添えられている。

 生きがいという極めて主観的な感情を、「喜びや楽しみを感じること」と規定した上での調査結果なら、「2割」という数字の重さも意味合いも変わる。

 「楽しいことがないって、しんどいよね」
 「独居老人増えてるから、喜びがないのも分かる気がする」
 「おじいちゃん、おばあちゃんに電話してみようかな」
 「夏休みは実家に孫を連れていって、喜ばせなきゃ」
 といった気持ちになる人も多いのではないか。

 おまけに、あまり一般的には知られていないが、日本では50年以上前の1960年代から、高齢者の「生きがい対策」事業を国や各自治体が進めてきている。

 老人ホームや高齢者無料職業紹介所を設置したり、農家の高齢者の人たちに相談員が出向いて悩みを聞いたり、ゲートボールなどのクラブ活動を進めたり。福祉対策の色合いが強すぎる印象は否めないが、これらは「生きがい対策」として実施されたものだ。

 研究者からは、「行政の生きがい対策は高齢者が求める生きがいと乖離(かいり)している」という批判や、「生きがい」という日本独特の言葉を、明確な定義を定めず、標準化された尺度も決めないまま、対策を進めてきたことへの批判もあった。

 それでも国は一貫して、「生きがい」という言葉にこだわり続けてきた。ならば白書に、過去の生きがい調査のパネル調査(結果は後ほど)との比較を載せるのはマストだろう。

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