健康社会学者の河合薫氏とニホンザルやゴリラの研究で世界的に有名な総合地球環境学研究所所長の山極壽一氏のオンライン対談「昭和おじさん社会はサルにも劣るのか?」の第2回をお届けします。記事の最後のページでは対談動画をご覧いただけます。

※本記事は、対談の模様を編集してまとめたものです。

河合薫氏(以下、河合):ゴリラが自分の利益のために集団をつくることはわかりましたが、そこに利他的な行動は、あるのでしょうか。

山極壽一氏(以下、山極):もちろんありますよ。利他って、最終的に自分に返ってくるでしょ。例えば、人間は誰かがけんかしていたら、仲裁する。ゴリラもチンパンジーも同じです。そのけんかが長引いたら、自分も不利益を被ると予想できるからです。例えば、食物を分配するときに、自分の取り分が少なくなるのは困るから、彼らは仲裁に入る。だけど、そこで終わらない。別のときに、自分も食物の分配を要求できる。

 しかも食物を分配したことによって、自分が何かトラブルに陥ったときに助けてもらえる、あるいは交尾のチャンスが与えられる。そういう利益が計算できるから、彼らは利他的な行動をするわけです。利他的な行動の背景には、自分に返ってくるという利己的な判断、行動があるから、やるんです。

教育をする動物は、人間だけ?

河合:人間にも、時としてそういった裏の気持ちが潜んでいるような……。

山極:でも人間の場合はそういう裏付けがなくても、相手が楽しんでくれるなら、相手が喜んでくれるなら、何とかしようという気持ちが芽生えます。これは人間独自の心の持ちようです。

河合:確かにそうです。単純に、けんかしていたら仲裁する。そこにゴリラのような思惑や裏付けはない。誕生日を迎えた人に「おめでとう、いい1年になるといいね」なんて言うなどして他人の幸せを願うのは人間だけです。

山極:それってね、例えば教育という行為にも象徴されるんですよ。ほとんどの動物に教育はありません。子供は親を見てただ学ぶだけ。だけど人間の場合は大人たちが、あるいは年上の先輩たちが前に立ち、後ろに立って、手を引っ張ったり背中を押したりしてくれる。そんなことをする動物はいません。

河合:見返りを求めない、人の正しい行いとしての利他心が、教育の大本なんですね。

山極:動物で教育をするのは、猛禽類(もうきんるい)の一部と肉食動物だけです。これは狩りという技術を、どうしても教えなければいけないので、教育するわけです。例えば、ライオンの母親はせっかく獲物を捕らえたのに、その獲物をわざわざ逃がして、まだハンティングの経験のない子供たちに追い掛けさせます。しかも、こういった教育的行動は母親が自分の子供に対してしか見られません。

 ほかの個体、例えば、お兄さんとかお姉さんとか父親とか、血縁関係のあるものですら、そういったことはしません。だから、教育をする個体はとても限られているのです。

 人間の場合は、血縁関係のまったくない赤の他人が、子供たちにいろいろなことを教える。それによって自分の不利益が予想できても、次の世代の子供たちに技術や知識を教えたいという願望が芽生える。これが教育の原点なんです。

 教育は、学ぶ側と教える側が相手と自分との知識の差、技術の差が分かっていて、「学びたい」、「教えたい」という気持ちが芽生えることが1つの条件です。もう1つは、教える方が自分の不利益を被ってまで「知識や技術を伝えたい」と思うこと。この2つの条件を満たすのはとても難しく、母親以外の個体に及ぶのは人間に限られているのです。

河合:人間は次世代に教えることで、相手の成長と自分の成熟という褒美を手に入れます。でも一方で、「上の教えから逃れられない」といいますか、良い面だけでなく悪い面も引き継いでしまうことがありますね。

 例えば、今回の対談テーマである「昭和おじさん社会」には、2つの意味があります。1つは、高度経済成長期だった昭和に生まれた、新卒一括採用で正社員という雇用のカタチ、夫婦と子供2人という家族のカタチ、そしてピラミッド型の人口構成のカタチを指します。これらのカタチを基本とした制度設計が、いまだに続いている。その結果、社会からあぶれてしまう人がいて、格差社会を生み出しています。

 もう1つは、「昭和おじさん」という昭和の価値観をいまだにひきずっている人たちを指しています。例えば、愛情があればパワハラしていいとか、上は敬っても下には何をやっても許されるとか、残業は当たり前だとか。男社会もその流れです。会社員になること、会社員でいることが目的になってしまった人たちも「昭和おじさん」です。

人間に近いゴリラやチンパンジーの社会にも、時代が変わっても引き継がれている決まった形だとか、変わらない、変わりづらい社会のカタチなどはあるのでしょうか。

山極壽一氏 総合地球環境学研究所 所長
山極壽一氏 総合地球環境学研究所 所長
1952年東京生まれ。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程単位取得退学。理学博士。日本モンキーセンター研究員、京都大学大学院理学研究科教授などを経て、2020年9月まで京都大学総長を務める。人類進化論専攻。京都大学名誉教授、環境省中央環境審議会委員を務める。

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