健康社会学者の河合薫氏とニホンザルやゴリラの研究で世界的に有名な総合地球環境学研究所所長の山極壽一氏によるオンライン対談「昭和おじさん社会はサルにも劣るのか?」の第1回をお届けします。記事の最後のページでは対談動画をご覧いただけます。

※本記事は、対談の模様を編集してまとめたものです。 

河合薫氏(以下、河合):私は山極壽一先生の、ゴリラについてのお話を聞くが大好きで、一度直接お会いして、お話を伺いたいと思っていました。本日はお時間をいただき、ありがとうございます。

山極壽一氏(以下、山極):こちらこそ恐れ多いです。

河合:早速ですが、先生が所長をされている総合地球環境学研究所は、具体的にはどういう研究をされているのでしょうか?

山極:地球環境の根源的な問題は、人間の文化の問題でもあります。これは初代所長の日高敏隆先生がおっしゃったことです。私は4代目で、その意志を受け継いでいます。環境問題は文化の問題なんです。

 例えば、江戸時代まで、白樺(しらかば)並木というのは決して美しいものとは思われていませんでした。ところが明治以降、人々がスキーを楽しむようになり、雪の中に建ったヒュッテ(山小屋)やそれを彩る白樺並木が、とても美しいものに思えてきた。こうした変化こそが、人間の文化なんですね。

河合:同じ白樺並木でも、文化によって意味付けが異なると。

山極:はい。それをどう維持していこうか、と考えることが環境問題の解決にもつながります。1960年代にダムや堤防をたくさん造った際は、それがとても美しいものに見えた。僕の少年時代には、プレハブの家が、色とりどりで、とても美しいな、便利だなと思っていました。

 でも、ダムもプレハブも、今は美しいものとは思われていない。むしろ伝統的な家屋や町屋みたいな、どっしりとした構えのものの方が、日本人にとって文化の重みを感じられるという人が多くなった。

“対面”ができないニホンザル

河合:昔のものが再び人気になるのも、文化の変化によるものってことですね。

山極:我々が衣食住の要としているものによって、環境はがらっと変わるんですね。もう1つ言うと、ここ100年ばかり、人間は科学技術を神話のように信奉し過ぎていた。科学技術や経済発展を優先する方向に進んできたので、人間の体や心と環境との間にミスマッチが起こっています。

 本来なら、環境を人間に合わせる必要があった。人間が幸福になれる環境に、つくり変える必要があった。ところが、逆をやってしまったんです。技術や経済の視点で環境をデザインして、その環境に人間の体を合わせようとしたから、おかしなことになった。それをもう一度、人間の本性とは何か、人間の体に合った環境とは何かということを考えましょうというのが、我々の方針の1つです。

河合:非常に納得いくお話で、人間の働き方も、同じです。今の働き方は、人に合わせた働き方ではなく、生産性というものに合わせて、人が無理をして働いている。超高齢社会に突入しているのに、いまだに、元気でばりばり働ける人がスタンダードと思われている。その末路が、過労死、過労による自殺、うつ病です。

 そしてCOVID-19、つまり新型コロナウイルス感染症の大流行により、デジタル社会が急速に進みましたね。リモートが当たり前になって、それはそれでとても便利です。でも、やっぱり先生とは実際にお会いしたかった。「ああ、こんなオーラがある方なんだ」とか、「 へ〜っ、コロンを愛用してるのか」とか、リアルに会うことでの発見があったと思うんです。

 フェース・トゥ・フェースのコミュニケーションとリモートとでは、情報量が圧倒的に違います。私、先生のゴリラ研究の視点からの、コミュニケーションのお話が大好きなんですけど、ウィズコロナ時代のコミュニケーションについては、どのように考えていらっしゃいますか。

山極:人間は他の類人猿と違って、対面というコミュニケーションによってこの社会をつくってきました。例えば、ニホンザルは、対面ができないんです。

河合:対面しないのではなく、できないのですか。

山極:対面して相手の顔をじっと見つめるというのは、強いサルの特権なんです。弱いサルは、強いサルに見つめられたら視線を避けないといけない。要するに、“眼付(がんつ)け”。顔を見つめるのは「相手への威嚇」。相手からは「自分への挑戦」だと見なされてしまう。これがサルの世界です。

 しかしゴリラやチンバンジーなど、人間に近い類人猿では、相手の顔を見つめることは威嚇にならない。だから人間のコミュニケーションは、そこから出発したと思うんですよ。対面するということから。

 対面のコミュニケーションは、ただ顔を突き合わすだけじゃなく、周囲の状況、例えば誰かが近くにいるとか、そこが川の近くであるとか、山の中であるかとか、色々な状況が絡んでいる。

 だから我々が言葉をしゃべるようになっても、言葉はコミュニケーションの一部でしかなく、相手と自分の関係、その場の状況、コンテキスト(文脈)というものにすごく左右されるわけです。

 実際に会って話していれば、様々なことが、そこに入ってくるから、言葉の意味も変わる。例えば、「俺はお前、嫌いなんや」と言ったとしても、その声のトーンや語り口によって、「これは冗談だな」と分かるわけです。

 でも、オンラインだと、相手を取り巻く状況が分からない。冗談のつもりが、すごく相手の心をえぐり、関係が壊れてしまうこともある。対面なら、何か行き違いが生じても、周りの人が介入するなどして、関係を修復できます。

山極壽一氏 総合地球環境学研究所 所長
山極壽一氏 総合地球環境学研究所 所長
1952年東京生まれ。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程単位取得退学。理学博士。日本モンキーセンター研究員、京都大学大学院理学研究科教授などを経て、2020年9月まで京都大学総長を務める。人類進化論専攻。京都大学名誉教授、環境省中央環境審議会委員を務める。

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